ボリビアからの神父
ボリビアからのお客さん、倉橋神父。
駅で迎えると第一声 「お招きありがとうございます。」
別府時代の‘糧の会’を通しての妻の友人、30年数年前にボリビアへ渡った。
ニューヨーク、サンパウロ経由で30時間、まぎれもなく地球の裏側である。
前回来られたのが2000年3月、3度目の来訪である。
忙しい身でありながら活動的、今回も東京から新幹線で日帰りの旅だった。
加山雄三と同年代、元気そのものである。
ボリビアは国土面積が日本の3倍。
原住民は疫病やスペインの侵略から逃れるために富士山並みの高地へ住むようになった。
もちろん鉄道どころか、まともな舗装道も無い。
警察官で月給2万円程度、7人家族だと1日一人100円での生活。
大家族なので子供たちは奉公に行くか、観光客相手に大道芸をして物乞いするか。
15歳くらいになって夜間教育を受け始める。
神父は学校教育をおこなう他、食料米の配布、放棄乳児の埋葬、子供たちへの給食提供など奉仕をしている。
子供たちの写真を見せてもらった。
悲惨な生活にも拘わらず、何故か顔に凛々しさがあり、明るかった。
真今を生きる、今日を楽しむ。
炭焼の熊ちゃんが『戦争拒否7人の日本人』という本を持って訪ねて来た。
蔵書を炭焼作業の合間に読み直したら面白かったと。
神父は太平洋戦争の裏事情について興味を持っていたので話が盛り上がった。
勝てない戦争に何故挑んだか。
今もって日本の外交のトラウマになっているのでは。
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玄関に人の気配を感じると、炭焼の熊ちゃんが神妙な顔をして立っていた。





























朝、夜明けとともに蜩(ひぐらし)がけたたましく鳴く。





