旅の宿“紫音”

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Sionzenkeiみなべ町清川 旅の宿“紫音”
世界農業遺産の指定を受けた、梅の里、備長炭の里、みなべ町清川。
高速道路のICから龍神村に向けて国道424号を約20分走ると、見渡すかぎり山々々、人口700人ほどの小さな里があります。

何にもないんです。でもいろいろな自然があります。
早春にはいたる所に梅の花が咲き、谷あいでは鶯と不如帰が競演します。
初夏には山百合が香り、水も()に蛍が幻想を誘います。
秋には野外音楽場の虫達の合唱に和し、
冬には降り落ちる星座に宇宙と一体になれます。
今では忘れられた日本の風景、日本人の心がこの山里にはあります。

その山里の中心に位置する丘の上に『旅の宿“紫音”』があります。
忙しい日常から離れ、紀伊半島の山の中の一軒宿で大いなる自然の流れに身を任せてみてください。
きっと自分自身とゆっくり対話することができることでしょう。
真の‘癒しの世界’です。

ほそぼそと20年、家族客に愛された小さな宿です。

 
  宿泊料金は税別で1泊2食付き8,800円
  JR南部駅から公共交通機関はありません。
 
 気ままな経営ですので営業日にご注意ください。

   宿泊のお問合せは 0739(76)2144 まで。FAXも可。
 
       FB 旅の宿“紫音”物語 参照
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2017年12月11日 (月)

師走も半ば

Photo娘が誕生日祝いにパウンドケーキを作ってくれた。りんごとブランデーの2種類。
手っ取り早く、最近は出来も良くなった。

50日振りに清川に戻り、さっそく師走の宿泊のお客さんをお迎えした。
人数制限をしている中、懇意にしている老4姉妹を中心に8人+幼児が宿泊した。食後に加わり、男同士地酒の‘紀伊国屋文左衛門’‘般若湯’を飲みながら日が変わるまで語り合った。
『昨夕、障子に傾いた陽が影を落としていました。なんかひと昔もふた昔も前に経験した、優しい時でした。周りの雑音の無い世界、今ではなかなか出合えません。こんなひと時を過ごすことが出来、たいへん嬉しい日でした。』 
『総勢8+1で参りました。お天気に恵まれ楽しい旅になりました。心のこもった美味しい食事でお腹一杯に、幸せなひとときでした。いつも暖かいおもてなし、感謝しています。』
喜んで帰路につく姿をお送りすると、それが力になる。

前々日、別府からフェリーで大阪南港へ。
頻繁にフェリーを使うので、知人の厚意でマイカープランより若干安く乗船できるのが有難い。それでもある人に言われた「宿の売り上げより交通費の方が高いのでは?」 と。今回は乗用車が10台ほどと少なく、始めて1・2階をつなぐ斜面に止めさせられ、出るときはバックだった。途中のTRIALで買い物。早朝にも拘わらず、場所柄中国人が多数買い物していた。別府はガソリンが143円と高かったので泉南で給油した。136円だった。帰ってみると田辺で128円、みなべで143円、このばらつきは何か? 

Dscn2556電話で聞いてはいたが、10月の2週続いた台風で破壊されたガゼボが無残な姿をさらけ出していた。修復は不可能なので解体することになるだろう。中庭の仕切り塀も倒れていたがこちらは何とか起すことが出来た。
もう一つ、天窓が少し開いていたからか冬眠場所を求めて数十匹のカメムシが家の中に入り込んだ。除去するのに手で掴むわけにいかないので道具を使って何とか排除した。
今年はカメムシが大量発生しているらしい。話題にすると皆さんが反応する。宿泊のお客さんも山の中のカメムシの歓迎を受けた。

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2017年12月 2日 (土)

ところ変われば②

291104_212月の旅の宿“紫音”の営業日は8日から22日までです。
『満月に餅つく兎 師走かな』

野菜が安いからグルメシティに行こう、魚の生きが良いから新鮮市場に、ビールが安いからダイレックスに、薬が安いからコスモスに、食材が安いからトライアルに、DIY用品はナフコにしようかグッデイにしようか、日用品はニトリかな、などなど妻は多彩なショッピングを楽しんでいる。九州の小売店売上ベストテンに入る店が行動範囲に散在している。
早朝から近くのドライブイン海鮮市場から民謡と呼び込みの声が、夜はパチンコ屋のネオンや高層マンションの灯が暗闇を遠ざける。

別府は南北8キロ東西4キロ、勤めていた企業が東西4キロ南北2キロだからその範囲はしれている。東西南北を走る数本の幹線から一筋中に入るとすれ違いに苦慮する、かっては農道だったと思われる住宅街の道、一方通行が目的地を迷路化する市街地の道、車の運転には頭を使い神経をすり減らす土地でもある。

娘に親も気がつかなかった側面があったのは意外だった。清川へ帰った時にアルバイトで学童保育を1ケ月半ほど手伝っていたが、その時は単なる」生活費稼ぎだと思っていた。
別府へ移住し、自動車学校へ通い出し、そこで運転免許取得に来ていた車椅子の重度障害者に遭遇した。休憩時間に彼等と話をして、自立支援センターに出入りするようになった。さらにいきさつはあったがそのセンターの仕事をしたいと下関まで研修に行き、戻るなり利用者宅へ通い始めた。親には近寄りがたかった社会に何故?、理解できなかった。小柄な体で大人を相手するのはかなりの重労働だと思うが、水を得た魚だった。
送迎した下関から帰った時、おまけがついた。暗闇に手探りで玄関の下の鍵を開けたら鍵が抜けない。この日に限って上下2ケ所の鍵を掛けたので鍵が抜けなければもう一つを開けることが出来ない。あたふたして、家主に電話しようかと言いだすと娘が簡単に鍵を抜いた。焦りもあったが大きな勘違い、清川の鍵は縦にして抜くがここは横にして抜く、それだけのことだった。機転が効かなくなったのか。

 


 

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2017年11月19日 (日)

二足の草鞋がすり減る

Dscn2505_3(写真は萩の街並み)

昨年の芦屋に続いて今年は別府と清川を行ったり来たり。
‘二足の草鞋’生活をしていると、ときどき自分を見失う。今どこにいるのか、この生活は表なのか裏なのか。トポロジーでいうメビウスの輪(或いは立体的にクラインの壺)にはまり込んだのかも。

根が都会人なので利便さのある生活に戻ると田舎生活にまどろこしさを感じる。
車で10分圏内、頑張れば歩けるところに食品スーパーが3件、ドラッグストアーが4件、DIYセンター2件、更に共同温泉が4~5件、歯科医・病院はよりどりみどり。
その一方、清川での田舎生活はパワースポットとして精神的に、肉体的に健康を与えてくれている。自然災害は避けられないが、20年間、家族全員が病気らしい病気をしなかったことに感謝である。
自分が農業に本腰を入れれる人間だったら、ここでの生活も違っていたと思う。

先行移住の娘が地元のケーキ屋さんでアルバイト。
仕事の環境には満足していたが、この都会でも733円という最低賃金を守れず、就業時間も経営者の‘気まま’に左右され実入りは僅か、これがアベノミクスの現実かと。
下関に重度訪問介護ヘルパー養成講座を受けに行く娘の送迎ついでに周辺をドライブした。道路事情が改善され、別府~小倉は1時間余で行ける。
足を延ばして萩の武家屋敷を散策、妻は30年振り、自分は始めてだった。門司港レトロ小倉をぶらぶら、そして小倉にいる妻の叔父(94歳)を訪問。『歳をとったら自分の足を使って動ける生活をすることだ。日頃から足腰は丈夫にしなさい。』 と体験からのアドバイスが。

冬支度と年末のお客さんへの対応で清川へ。

 

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2017年10月31日 (火)

ところ変われば

Menkyosenta娘が中学へ入学した時、通学初日に大人の自転車に初乗りして颯爽(?)と600メートルの“紫音”の坂を下った。しかし球場の横あたりまで来た時、握力が無くなってブレーキを離し数メートルほどの崖下に飛んでしまった。幸い目の前の出来事を観音さんが見ておられ羽を着けてくれたので、真新しいブラウスを汚し、擦り傷しただけでこと無きを得た。
たった一度の失敗で自転車を諦めた彼女が10年後に運転免許をとると言い出し、教習所へ通い出した。本人だけ先行して別府に住民票を移し、観光客を横目で見ながら歓楽街を、別府湾を眺めながら高速道路を、別府の夜景を見なが山道を、と教習運転を楽しんでいた。

警察署の古い建物に押し込んだ免許センターと異なり、郊外のスポーツセンターや大型ショッピングセンターが隣接する丘に建つガラス張りのモダンな建物(写真上)。街中の警察署に隣接する狭い場所と違って駐車場を探しまわることもない。受け付けは飛行場のカウンターの如く広々として、来訪者の気持ちを和らげる工夫が伺える。案内する警察OBにも何か心のゆとりが感じられる。同じ機能の官庁施設でもところかわればこうも違うものかと。
免許本試験受付から6時間後、迎えに行った自分に娘がガラス越しに両手で頭の上に丸を作ったのが見えた。

Bepuart_9誰かが新しい企画をすると誰かが潰す。大きい物には巻かれる。伝統はなかなか変えようとしない。そんなこんなでなかなか進まない地域起しが多い。
革新的なものと保守的なものの確執・葛藤、政治の世界と一緒かな。
20年間住んだ村(町)も何も変わらなかった。

別府で交遊を広めている娘から面白い企画があると教えられた。
『ベップ・アート・マンス』が11月1日から1ケ月にわたり開催される。
別府の町じゅう文化祭である。言いかえると、趣味の作品から工芸品、個展から展覧会、パフォーマンスから音楽祭、民家から駅前まで、など誰でも事務局に届けて企画、参加する勝手な文化祭、町を歩けば何かアートに出合えるというわけ。
外部に求める観光力と内部の文化レベルの向上、発想が面白いがこれまでの地道な企画が発展してまとまって来たのだろう。
娘が、「お父さんも、来年、彫刻作品を並べてみたら。」 と提案してきた。

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2017年10月26日 (木)

鎌倉での法事

Typhoon21_3(写真は23日TBSの台風情報から)

21日に鎌倉で法事があった。
秋の“紫音”のお客さんが終わり、今回は大分から出かけることになった。JALパックを利用し1日延長宿泊することにした。飛行機の往復料金並みで、更にいろいろ特典が付いており、SUICAや買い物券など一人頭5千円弱利用させてもらった。料金を下げずにサービスを付加する商法である。
時間まで散策、御成り通りはしっとり感があるが、小町通りに入ると雨にもかかわらず人出は多っかた。別府や湯布院と異なりほとんどが日本人で西洋人以外の外国人が少ないことに鎌倉観光の特色を感じた。道路事情で観光バスの寄りつきが悪いこともあるのだろう。名物のシラス丼の呼び込みが、今日は天候不順で獲れず生シラスではなく釜揚げシラスになると言っていた。
霊園に姉・兄・弟・自分の一族43名中28名が集まり、墓前で雨の中の法事、いつものお坊さん(女性)が対応してくれた。これまでとと様相が異なり世代交代を感じた。幼児が7人(それも双子が2組)がはしゃいでいるのを見るとこれからは子供たちや甥・姪の時代に入るのかと。お坊さんも「これだけの人達にお参りしてもらって御先祖さんも喜んでいらっしゃる。」と。
そして宿舎での大宴会だったが、自分は前日六本木で妻の従兄としっかり飲んだので大人しくしていた。

北上する台風21号に向かっての帰路、南西諸島にありながら945hp強風域800kmで宮崎以南は飛行機が全て欠航していた。大分便は飛んでみなければどこへ向かうか分からないとの情報。少しでも影響が少ないうちにと早々鎌倉を離れ羽田空港へ、一便前に切り替えて搭乗した。
座席が最後尾だったこともあり、離陸直後から上下左右に激しく揺れ、機体が折れるのではと思った。サラリーマン時代に出張で数多く飛行機に乗ったが、台湾で台風に遭遇して以来の経験だった。着陸した時に後の座っていたスチュワーデスが「大変な思いをさせてごめんなさいね。」と声を掛けてくれた。
その後台風はかっての伊勢湾台風の如く、夜半に静岡に上陸し関東、東北と抜けていった。清川は台風の影響が少なかったようだ。

<追記>
Typhoon2229日は清川天保神社の秋祭り。
前日の今日28日は朝から4つの地域で獅子舞による地下廻りが行われる。旅の宿“紫音”は初めて不在となる。
今日明日と台風22号の影響による雨のようだが、滞りなくお祭りが行われることを祈りたい。⇒中止になったらしい
(写真は28日TBSの台風情報から)

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2017年10月15日 (日)

後継者募集中

Aoki_2町役場との1年契約で‘地域おこしお助け隊’が我家の裏に間借りしている。(写真)
大役に奔走中だが、“紫音”休館中の留守役も果たしてくれている。清川の地域おこしに知見を残し、地域の財産になることを期待したいものだ。旅の宿“紫音”の活用方法も・・・。
              『長老とおばさんパワーに惑わされ』

10月の行楽シーズンのお客さんが終わり、旅の宿“紫音”は週明けから秋休みに入る。清川天保神社の秋祭りの時に不在となるのは初めてのこと。
2足の草鞋(わらじ)、昨年の兵庫県芦屋と清川、今年は大分県別府と清川に履き替えた。
   『風来子 今どこなのか 戸惑いも 』
遠くなった分“紫音”の営業も週末限定からシーズン営業に。
今度は年末、そして梅の花の時期、2~3月かな。
電話は留守電から転送に替えたのでまどろこしさを解消できると思う。

軟着陸ではないが、近しい人から閉館が迫っていることを説明しているが、苦言を呈する人はいない。里の人はおおらかなのか、来る時が来たと言う感じなのか、敢えてつけ加える人は 「淋しくなるなぁ。」 と。

数年後の旅の宿“紫音”の閉館、その後施設をどうするか考慮中。
“紫音”の営業コンセプトや再来(リピータ)のお客さんを引き継いで頂ける方がいたら優先してお譲りしたい。宿の運営に必要な調度品、調理用品などは全て残すので引き継いだ時点で営業可能です。

定例になっている友人達との‘勝手な会’、秋の夜長に鱈腹食べて、飲んで語って。

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2017年10月10日 (火)

20年も経てば

Dscn2447_2高さ15メートルを超す椎の木、これ以上成長すると家に近すぎ台風時に倒木による被害が想定されるので立ち枯れさせることにして一年。
今度は枯れ枝落下で屋根瓦を割る危険があるので5メートル程の高さにある太い枝を切ることに。
最後はいつか倒れる前にワンクッションをと隣の檜との間にロープを渡した。ご神木にしめ縄といったところか。

華やかに活躍していたアイドル、古くはザ・ピーナツそしてキャンディーズ、山口百恵などは引退するときの歌を用意して最後の舞台に臨んだ。最近、そういう映像がテレビで多々放映される。懐古である。
旅の宿“紫音”の締めはどんな歌になるのか。
ビオトープの池、地下の貯蔵庫、ログハウスの風呂、ガゼボ、ベランダ、ポンプ小屋、ブランコなど大きい物から小さい物まで随分作った。しかし手製の限界は輸入材を使うので耐久性が無いこと。作ってはリメーク、10年くらいか。
40日留守をしている間にガゼボが崩壊し始めていた。ポンプ小屋の壁が崩れていた。台風の時に余程強い風が吹いたのだろう。機能を維持できる程度に直したが、ブランコは限界だった。

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2017年10月 4日 (水)

作って残るもの

Dscn2437別府の別邸をかって仕事のパートナーだった人がご夫婦で訪ねてくれた。30年振りの再会だったが時のギャップはなかった。両家とも幼い子連れの家族で別府十文字原に弁当を持ってワラビ狩りに行ったりした。もちろん飲み仲間の一人でもあった。お互いに変わらないなあ、若いなあと言いつつ消息と懐古を語り合った1時間だった。

別府から清川へ戻ると、国道424号の改造工事のしんがりとなった薬師梅の前の橋が完成していた。(写真上)
我々が清川へ来た頃は川沿いの山道だった国道が20年で清川まで完全2車線になった。海岸沿いを走る国道42号の交差点から清川まで1時間余かかっていたのが20分弱、高速道路のみなべインターから15分ほどで来れるようになった。大阪からも2時間を切るようになった。ただし速度を出しすぎると覆面パトカーが追いかけて来るので要注意である。

Dscn2409数年ぶりに何か彫刻してみようかという気持ちになった。
素材は1年ほど前に手に入れておいたが気分が乗らず放っておいた。作品をお客さんに貰っていただいたものは別として、彫刻で置物を作っても掘ってしまえばお仕舞のような気がして空しかった。50センチほどの弥勒菩薩を亡くなった奥さんと共に飾ってくれている人、馬目樫で掘ったフクロウを記念に持って帰ってくれた人、肖像を彫ったら喜んでくれた人など有り難い。彫り上げて数年後に焼却した物も多々ある。
今回は日常使っていればいつも目にとまるのではと器と組合わせ、相撲の取組み、技(投げ)、力(押し)と心(器)を表現してみた。
大きな里の古木をくれた人がいるので次に何を彫ろうかと思案中である。

旅の宿“紫音”はシーズン営業、秋は10月、春は2~3月の限定営業の予定である。
10月は既に宿泊2件、食事4件の予約が入っており、気は抜けない。

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2017年9月18日 (月)

Iターンと過疎地

Taihoo18台風18号、970hpの強さで九州の東岸をかすめた。(写真は借用)
たまたま別府滞在中に遭遇し、大雨と強風を経験した。県南ではかなりの浸水被害がでている。和歌山では台風の通過は夜半が多く、日中に味わうのは珍しい。
翌日敬老の日は爽やかな秋晴れになった。

友人が九州の竹田・久住から情報発信している。
もともとITのプロだが、そこに通販の仕組みを持ち込んだ。竹田の米農家と組んで米のネット販売、インドのハーブ製品の輸入販売など、ヤフーや楽天の注目品目である。特に後者は安倍首相が直近にインドを訪問し、日印貿易に拍車がかかるので期待がもてる。
場所を選ばない通販、ジャパネットたかたは代表例であり、ネット上の通販業者をみても地方が多い。しかし友人の例は一点発信であり、面として地域への寄与(広がり)がどれだけあるかは疑問である。旅の宿“紫音”も点からせいぜい線止まりで面にはなりきらなかった。過疎地の活性化にはパーソナルな‘独走’ではなく、それを起爆にしたコミュニティの‘団結’が必要である。
清川は南高梅の産地、備長炭の生産地、他にも各種海産物、農産物がある。IT産業と手を組むことで、日の目を当てることで知名度だけではなく買ってもらえる産物にしたいものである。

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2017年9月 3日 (日)

9月は休館中

Dscn2364 8月の暑い時期、常連さんにはいつものごとく窓を全開して自然環境の中で宿泊していただいた。
夏のお客さんが一段落し、気ままな宿の主人は例年にも増して暑い残暑から逃げるかのごとく、9月は“紫音”を休館することに。

神戸からフェリーに乗って大分へ向かった。(写真上)
別邸がある別府へ来たが何のことはないもっと暑い。連続する熱帯夜は昨年の芦屋生活以上のものである。二階の窓から別府港の花火はもちろん、遠く大分川の花火も見えたが、光と音に時間差があり不調和であることは言うまでもない。

Dscn2366 暑さから逃れるために近郊の滝に出かけた。(写真下は東椎屋の滝)
数日後竹田の原尻の滝にも、そして自然の冷蔵庫である地下洞窟(稲積鍾乳洞)へも。
9月1日、小笠原諸島付近に大型台風が停滞していたが、大きく状況が変わったわけではないのに月が替わると日中のクーラーもいらないくらいになった・不思議なものである。

テレビで松茸の話題が出ていたが、清川はお彼岸が近くなり彼岸花が咲くと“早松”が採れるようになる。

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2017年8月20日 (日)

夏休みの締めは

Meijyuan久し振りに龍神村へ行った。
‘梅樹庵’で早ランチ。隣の‘もんぺとくわ’で焼いたパンをベースにした焼き豚サンド(クロックムシュー)、夏野菜サンド(クロックメイグル)などがメニュー。素材の処理に手をかけているだけあった美味しい。(写真上)
‘もんぺとくわ’は火事から復旧し、立派な農家民宿に変身していた。店を手伝う娘さんとアルバイト、おかみさんは相変わらず元気いっぱい。奥の手作りのパン窯から作業中の御主人の声も聞こえた。(写真Monnoetikuwa下)
お二方ともIターンの事業家である。


「お盆の里帰り、家族を連れて初“紫音”、まるで実家で寛いでいるような安心感でした。育児と仕事で体が弱り切っていましたが、“紫音”で癒され、またエネルギーを頂きました。美味しい朝食、ありがとうございました。2才の娘ものびのび遊んで、平和なひと時でした。」 夕食はお里で家族と共にしたが、人数が多く泊れないので“紫音”を利用してくれた。


清川出身の事業家、前芝宗一郎氏の業績をたたえて公民館の前に胸像ができた。その完成を祝う会に馴染みの演歌歌手がコンサートを開催した。
その前日いつものようにマネージャーの妹と共に“紫音”に宿泊した。今回は母親を連れて。「前芝さんの生誕100周年行事で清川に久々に来ています。ずっと変わらずおしゃれできれいな建物、こんなおうちだったらなぁと“紫音”さんのセンスに毎度のことながら感心です。今から食事を頂き明日は楽しんでいただけるステージになる様頑張ります。」
プロモートしていた方が病気で急遽入院、気にかけていた。
夏休みのお客さんは一段落。

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 旅の宿“紫音”は9月は休館です。             
 10月に秋の行楽に合わせて営業再開の予定。     
 お急ぎの方は、                       
   0977(66)8858へ
         電話かFAXをお願いします。                                                                     
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2017年8月13日 (日)

夏休みのお客さん

Taihoo51台風5号。
鹿児島に上陸後、九州北部へという予想に反して、大隅半島、足摺岬、室戸岬をかすめて紀伊水道を横切り、紀北に上陸した。
九州に残して来た娘に台風を迎える注意を与えたが空振りだった。

Taihoo5gou7月21日に発生してから18日超の長旅だった。
庭の周囲の10メートル超まで成長した木々が防風林となり、大きく揺れる木々とは対照的に窓や戸が音を立てることは無かった。特に大きな被害は無かったが、4時間の停電と言う置き土産があった。

10年ほど前に『旅の宿“紫音”物語』を発刊した時、京都の新聞が社説で取り上げてくれたことがある。先日ある御老人からいつか“紫音”を訪れたいと仕舞っておいたその記事が引出しから出て来たので思い出し、引退を機会に訪れたいと電話があった。有難い話である。

名古屋からお孫さんを連れて宿泊した人は開業当初からの常連さんで40泊目である。里の若者たちとは20年近い付き合いも、もっとも彼等も良い歳の小父さんになったが、夜に集い、団らんはいつものこと。上のお孫さんが部活で動きが取れなくなり、来れなかったが“紫音”の食事とアドベンチャーワールドに想いを馳せていると言っていた。下のお孫さんはアドベンチャーワールドでフリーパスの数倍は楽しんだと2泊目“紫音”の夜は熟睡していた。

里山を調査に来た大学生、男子は道場に宿泊したが、女子が“紫音”に宿泊した。
食事処で全員で夕食を済ませた後、9時頃やってきたがまずはワイワイガヤガヤおしゃべりに時間を費やしていた。虫がいると駆け込んできた。ムカデかと思ったらカマキリ、都会では見かけないのかも。入浴し始めたのが深夜、皆が入り終わったのが2時を廻っていた。一部屋に布団を全部持ち込み扇風機を回し、合宿気分で団欒しつつ睡眠。朝食事の前後の挨拶、お出かけの挨拶はなかった。出かけた後見まわると、電気は点いたまま、風呂は用具が散在、忘れものもあった。
しかし、「朝ごはんとてもおいしかったです。すごく優しい味でした。帰って来た時にお茶も用意して下さって嬉しかったです。お騒がせしてごめんなさい。ありがとうございました。」 とメモを残していた。
久し振りに青春を目の当たりにし、そうか青春時代とはこんなものなのだと。大人のお客さんが大半の“紫音”に珍しい光景だった。

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2017年8月 2日 (水)

商売再開

Peppuhanabi先月初め、台風3号に逆らって九州へ。
連日の猛暑の中で荷物の解体に明け暮れ、体力は消耗する一方だった。20年振りの友人が庭花や食べ物を差し入れてくれ、ほっとした。
片づけの合間をみて日出のトラピスト修道院、大分パークプレイス、湯布院等に出かけたが、湯布院の変わりように唖然とした。20年近く店を続けていると言う店主が、9割はアジヤ(主に中国)からの観光客で平日もこの通りの賑わいです。でもけっして喜べないのです、と。
世間の注目をあびた温泉遊園地の‘火の海祭り’の締めは花火大会だったが、出かけるのもおっくうで家の二階から眺めるに終わった。(写真) 数キロ離れているので光景にしばし遅れて音が聞こえる。

1ケ月振りに旅の宿“紫音”に戻るときは激しい雷雨に見送られた。火柱が大音響を奏でながら周囲に走った。
フェリーは何事もないかのように出港したが団体客で満席だった。

昼に清川へ戻った。温度は余り変わらないが、敢えてクーラーをつけなくても過ごせるのは湿度の違いなのか、木々を抜けて来る風のせいなのか、体感温度は3~4度違う。
九州のような寝苦しさはなく、早朝にはヒグラシが競奏していた。
週末からのお客さんを迎えるために、部屋の掃除、風呂の掃除、庭の草刈り、食料品の買い出しと現実世界に戻った。お客さんはリピータが主である。
おもてなしの合間を見て、里の友人達と酒を交わし、語り合う機会を設ける約束をした。

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2017年7月16日 (日)

真夏の夜の夢?

20170715asami 1年間の芦屋生活後5月に清川に持ち込んだ荷物は段ボール60個と冷蔵庫などだったが今回は違った。
せっせと断捨離はしたものの、清川20年の生活でたまったものに箪笥などの大型家具、宿の運営に必要な物を残して小物を詰め込んだ段ボールはさらに40個を越した。男性2名と女性1名のスタッフで手際良く梱包してくれた。
上まで来た2トン車が満杯になり、下の野球場で4トン車に積み替えていた。台風3号が気になったがコースが南寄りになったのでフェリ-は何事もなかったように出航した。

北海道から九州まで14カ所の風来人生である。
半世紀前に転勤で大分に赴任したときは夜行列車だった。早朝にもかかわらず駅に先輩社員が迎えに来てくれた。今回は同じく早朝に海からだった。お客がまばらなファーストフードでモーニングを食べ目的地へ行った。
荷物の積み卸しが終わって一段落し、娘家族と食事を共にした頃から雨が降り始め夜半には本降りとなった。数日間豪雨が続いた。

仕事仲間だったHさん77歳、お世話になっている知人Kさん77歳、医院の先生Kさん78歳などに20年振りに戻った挨拶を。皆さん年齢なりに体調に異変を、しかしつい先日お別れしたような感じで月日のギャップはなかった。Iさんは庭に花を持ってきてくれた。

8月は夏休みのお客さんがあるので清川に戻り、“紫音”の運営を行う。
留守電に食事予約の電話があったが、7月は“紫音”は夏休みとお断りした。盛夏に孫の野球を応援に行くなんて想像もしなかった。監督は今宮選手(ソ)のお父さんと聞いた。
連日の真夏日に汗をかきながら長年使い慣れた椅子の補修に精を出している。

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2017年7月 2日 (日)

豪雨の追いうちに台風?

Nuigurumikuma常連さんが梅を買いにやって来た。
滞在の感想メモ、
『昨年秋からはや8ケ月。梅採りのシーズン到来でまた清川に来ましたが・・・
今年は超がつくほどの不作とかで、いつもの活気がありません。梅をいっぱい積んだトラックが走っていません。農家さんは「来年に期待しています。」と、私も期待しています。今から炭焼さんと山へ行きます。
“紫音”さんの朝ごはんで力をつけて、いざ出陣です。』
農家さんも言ってた、今年は不作だと。しかし、雨が少なかった為か品質は良く格落ちが少なく、また高値で取引されるので労力少なくして収入は悪くないそうだ。

7月一杯、旅の宿“紫音”は夏休み休館になります。
終の棲家の足がかりを求めに行きます。台風3号の動向が気になりますが。
8月はお盆を中心に既に予約が入ってるので早々に戻ります。お助け隊が留守番です。

軽い気持ちで引き受けたぬいぐるみのリメーク。おそらく四半世紀ものだろう。
運針、小学校の家庭科の時間に雑巾作りで習ったが、ぐし縫いという表と裏を等間隔で縫う方法だったと思う。女性の担任から出来具合を褒められた記憶がある。その後は洋服のちょっとした繕いやボタン付けくらいしかやったことが無かったが、これまで造った彫刻より大きいぬいぐるみのリメークだった。立体を作り上げるという共通項がある。
結果は写真の通り、まあまあの出来に満足している、と言うよりはそれなりに運針が出来たことに一安心だった。

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2017年6月21日 (水)

降れば大雨

Gyarari空梅雨に2週間振りの雨。
早朝に強風と共に時間雨量20ミリ、昼までに100ミリを超えるまとまった雨だった。
梅の収穫は青梅から熟し梅へ。


展示棚を整理したのでミニギャラリーが10数年前のスタイルに戻った。
開かずだった土間ルームから中庭への開戸が通れるようになり、夏に向けて風通しも良くなった。
不思議なもので頻繁に来る里の人がその変化に気がつかず、たまの旅人が「模様替えしたのね。」と呟く。目の置き所が異なるのだろう。

Beppuiki1年間ほぼ週単位で行ったり来たりだった芦屋の借家から持ち込んだダンボール60個ほどの荷物を工房“SION”に仮置きしている。
日に向けて生活用品を整理をしているので、更に毎日数個づつ増え続けており、最終的には100個を超すのだろう。
大型家具もあるので前回より使用車も大きくなると引っ越し業者は言う。
この歳で行動範囲を昨年の200キロから800キロに拡大することになる。
昨年の状態で営業に支障をきたさなかったのは宿泊は再来者が主だったこと、飲食客の規模を抑えていたこと、いざとなれば日帰りできたこと、によると思う。今度は簡単に車で行き来出来ないので旅の宿“紫音”の営業方法を変えざるを得ないかも。
生活設計が未だ固まっていないのが現状である。

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2017年6月14日 (水)

梅作業

Sasayuri友人がササユリを差し入れてくれた。(写真上)
梅雨入りし、青梅の収穫も本格化してきた。
今年は何となく梅の実着きが悪いような気がする、それに空梅雨で雨の降らない日が続くので成長に影響か、高値になるのだろうか。

町おこしお助け隊の声かけで青梅の収穫作業を体験しようと若者が里に入り込んだ。ふるさと道場に宿泊して農家の応援に出かけている。
“紫音”に隣接するパイロット、例年は梅林から姿の見え無いおばさん達の話声が聞こえるが、今年は若者の会話だ。時間と共に移動していく。しかし、日が経つにつれ疲労からか声が聞こえなくなった。

青梅の収穫が終わると熟し梅の収穫、ここで活躍しているのが斜面に敷かれたブルーシートである。始めて見る人は奇異に感じるが、山間で梅を収穫する農家の工夫の一つである。

Umesagyou鳥獣戯画のパロディで一連の梅作業を絵にしてみた。(写真下)

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2017年6月 5日 (月)

地域おこし協力隊

Aokistart みなべ町初の地域おこし協力隊として青木さんが着任した。
役場のワンストップパーソンという担当者が窓口となり、地域は受け皿となる責任者を設置し、公費で1年間活動する。
趣味のアコーディオンを奏でながら里の人たちと交流し、活性化への課題解決へ取り組むことになる。
我家の義父母が住んでいた空き家に滞在する。父親が私が勤務していた会社に在籍しているというのも何かの縁か。
里の有志により民間主導で実施しに結びついたが、行政にとってはとりあえずは試行というところか。

最近携帯に迷惑メールが入り始めた。
そもそも携帯は不携帯で身内やごく少数の友人しか通信していないのに、どこからメールアドレスが漏れたのか不思議である。というかその巧妙な手段に感心する。
特別ポイントを差し上げますとか、あなたの口座に関する重要なお知らせです、といった内容でURLが付いている。最初は一日一回程度だったが、直近では日に5回を超えた。パソコンならはワンタッチで排除出来るが携帯は煩雑だ。とうとうメールアドレスを変更してしまった。

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2017年5月22日 (月)

里の新しい取り組み

Borudaring_2帰省中の娘がボルダリングに初挑戦した。
みなべ町は廃校になった清川中学校の体育館を活用し、岩壁を登る競技「スポーツクライミング」(ボルダリング)による町づくりに取り組んでいる。(写真)

わかやま国体にボルダリングで同施設を利用し、また2020年の東京五輪で新種目にも採用されたので、「町のスポーツ」に位置付け、愛好者増や交流人口増を狙っている。
施設利用が指導者の関係で夜なので迎えがてら覗いてみた。大勢の子どもたちと父兄が来ており、少年野球に次ぐ盛り上がりの集いになっているようである。
当面は、競技の普及や指導者育成を目指し、国体選手による教室や体験イベントなどを開き、里の「清川を考える会」が主体となって「梅の里カップ・ボルダリング大会」も年一開催するとしている。
ボルダリングを活用した観光体験メニューに繋がると良いが。

小学校の学童保育も手伝っている。
15時から18時まで子供たちの面倒を視るのがその役割である。これまで子供たちが育ちあがったお母さん達が視ている中に、若い先生が来たものだから子供たちの態度も一変した。
 『仲間かと 追われ追いかけ 堪らんな』 というところか。
お母さん先生との付き合いも自分の同級生の消息が話題になったりするので里の心にふれ合えるかも。
またボルダリングにしろ学童保育にしろ、里の少ない子供たちの中でふれ合いがあると、お姉さん役として子供たちの記憶に残ることだろう。

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2017年5月16日 (火)

七転び八起き

Atarasiku春の強風で国道筋の看板が壊れた。
2月の末の春一番で一度破壊し一旦は修復したものの、4月に芦屋に行っている間に再度強風が吹き知人から看板が倒れたとメールが入った。

文字の部分は糸鋸で加工してあるのでそのまま使用し、全体をコンパクトにして作りあげた。看板は20年間に4,5回は作りなおしただろうか、何代目になるか記憶は定かでない。

樹木の剪定をしていると和尚が通りかかった。
「千躰地蔵に紀伊ジョウロウを植えました。芍薬が咲き始めます、切り花で活用して下さい。小学校の擁壁に紀伊ジョウロウを植えました。環境は悪いのですが育つと思います。せめてもの私の罪滅ぼしです。」 相変わらず禅人的なことを言うなと思いながら挨拶代わりに聞いていた。
予てから“紫音”をどう締め括るかのカウントダウン計画を話しておかなければと思っていたので、「午後からちょっと寄りませんか。」と誘った。
お互いが避けていたのか自分だけだったのか、年に数回しか対話をしなくなっていたが、ゆっくり腹を割って話をする機会を得た。
  『ホーホケキョ 老いた春にも気合い入れ』
数日後、「京都へ行ってきました。お土産です。」 上賀茂名物の‘やきもち’だった。
美味しく頂いた。

名古屋からの御夫婦、高速道路が整備された熊野経由でやって来た。早朝に出発、七里御浜で一服し目的の那智大社に昼ごろ到着、那智の滝まで散策したと。
周参見と田辺間は無料の高速道路があるが、十数本のトンネルを抜けるだけなので、枯木灘の海岸を走りたいと敢えて国道42号を走って来た。
約400km、8時間のドライブの後は二日間“紫音”での寛ぎが。
帰りは和歌山経由の高速道路で4時間で帰ったようだ。

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2017年5月 5日 (金)

こんな記念日

Waruta150昭和の日、輪留田さんが150泊目を達成。
国際線パイロット時代にフライトの合間の休養に宿泊するようになったのがきっかけだった。
今回は5年振りに奥さんと同伴、この間の18泊は単独行動だった。
二つのトンネル、二つの橋で改良された国道で時間も短縮され、奥さんは感激していた。といっても今回は都合で初めて列車を乗りついでやってきたのだが。

Waruta1502例によって、食事は野菜中心で我々夫婦との懇談食。
筍や蕨、イタドリなどの山菜と鯵、鮪といった地元の魚の料理である。

続いて毎年ゴールデンウィークにやって来る女性二人連れ。年1で14泊目と言うことは輪留田さんと同じくらい前からの常連さんである。

「地域おこし協力隊」という制度がある。総務省の過疎化対策のひとつ。
以前から清川に興味を持っていた若者に委嘱して欲しいと里の人が町に要望していたらしい。やっと腰を上げてくれた町がどう活用するのか本末転倒のような気がするが、いずれにしろ前に進みだしたことは良いことだ。
かって老人が住んでいた我家の裏の空き家にその若者が住む事になり、GWの或る日御両親が訪ねて来た。

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2017年4月25日 (火)

別府の春

Beppukou1年振りに別府へ。
行きは神戸からフェリーで、帰りは福山で義父母の墓参りをと、陸路を走り約1,000キロのドライブだった。


Beppukouen_2当初、扇山の火祭りに合わせて行く予定が仕事の都合でずれてしまったが、例年より開花の遅れた桜に歓迎された。
妻の友人達が別府公園で花見をしているとの情報に駆けつけた。20年振りに会った人もいたが時の経過を感じさせなかった。
Buppusakura_2翌日に行った立石公園の枝垂れ桜も見事だった。
タイミング良く、孫の少年野球の試合を観戦できた。
グラウンドはもちろん、道具やユニホームも揃わなかった我々の時代と違って、すべて本格的である。プロ野球に息子を送り出している人が監督として技術指導をしているので小さい子や女の子も交えた中で基本のしっかりしたプレイをしていた。

一年と一月、清川から160キロの道のりを行き来した芦屋の生活にピリオドをうった。
周囲の家といい走っている車といい、リッチな雰囲気の中での劣等感はあったが、つかの間の異空間を味あわせてもらった。
24日に引っ越しをしたが、新たな賃貸先が7月頃になるので、取り敢えず清川に荷物を戻した。不思議なもので、芦屋へ行く時は友人のトラックで済んだ荷物がいつの間にか膨らんでしまい、段ボールも40個を越したので安全をみて業者頼みに。

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2017年4月 9日 (日)

桜咲くも雨模様

Asiyasakura21年間妻の所用のために借りていた芦屋のテラスハウスを4月末で退去することになった。
桜の花に迎えられて、桜の花と共に去ることになった。次は?


Kotoka妻が西宮の‘フィーリングサロン紫音’で友達になったご夫婦が旅の宿“紫音”を訪ねてくれた。
「あ~幸せ! 来れて良かった! うれし~い! あたたかいおもてなし、心のこもったとってもとってもおいしかったお料理。今日は雨だったけれど雨の“紫音”もステキ。・ ・ ・」
奈良の‘古都華’という苺を手土産に。手のひらを隠すぐらい大きな粒だった。あるレストランチェーンで化粧箱に大粒一個入った贈答用が数千円で売られている。梅干しの10倍とは。

Naberyouri里のグループの歓送迎会。
久し振りに8人の飲食を受けたが、この時期に珍しく料理はお鍋だった。
そして仕上げは島の瀬ダムの花見帰りの4人の食事客、久し振りに続いた接客に心地よい疲労感を味わった。
島の瀬ダムの桜:フェースブック 旅の宿“紫音”

VISTAがサポート中止、使い始めたW10のスタート画面の‘カレンダー/メール’がフリーズしてしまった。ストアアプリから再ロードするとかいろいろトライしても埒が明かないのでメーカーへサポートメールした。
バックで走る常駐アプリを止めて再トライしなさいと言うアドバイスに他への波及を避けたいおもいから再度丁寧な指示を求めて実行し、無事‘カレンダー/メール’を復旧させた。原因は追及していないが、パソコンのソフトも随分扱いやすくなったが隠れた脆弱性もあるようだ。

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2017年3月29日 (水)

道路事情は最終段?

Wakayamajc道路事情が少しずつ改善されている。
高速道路では和歌山北で阪和道と京奈和道が繋がった。((写真上)
泉南方面に行くのに従来は阪南ICで出たが、京奈和道に入って岩出根来ICで出ると根来街道でまっすぐ泉南方面に行ける。
海側の国道26号バイパスがもうすぐ開通するが、和歌山~泉南が更に近くなる。

Kiyokawanewみなべから龍神方面に入る国道424号の清川入口が薬師の橋を残して拡張された。(写真下)
二つの橋で直線化され、みなべICから確実に20分で来れる。
我々が清川へ来て20年、ほとんど直線化された道路で所要時間も三分の一になった。梅の出荷対策を謳っていたが、商業や人の動きのストロー化は否めない。
正面の二つの山の左側山頂が旅の宿“紫音”である。

WINDOWS VISTAが3月末でサポート中止となった。
ソフトサイドはサポート終了による危険通知し、パソコンを買い替えなさいと。OSを入れ替えればという問題ではなく、やむなく前もってW10のパソコンを購入していた。
会計ソフトは28年度決算終了まで使用し、W10パソコンにインストールし直した。自分は多少はパソコンをあーだこーだといじれるから良いが、作業は結構大変だった。

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2017年3月18日 (土)

梅の花の終焉

Umeowari_2『春よ来い 三寒四温に 風邪をひく』
梅の花も終わりの近づいた。
幹に近いところは残った花弁が赤く、枝先に天に何かを訴えるように一列に花が咲いている。

一方、庭にある‘アセビ’の花が満開だ。
高さ数メートルの常緑低木で付近の雑木林に自生していた物が増えた。葉や茎に有毒Asebi成分を含み家畜が食べると異常を起こすので‘馬酔木’とも書く。

故本多さんと交流のあったリピータのジャーナリスト夫妻。今回は里の友人も宿泊し共に酒を交わしていた。

そして九州からの若い旅行客二人。
二泊し、しっかり里を楽しんで行ったが1時間ほど散策している間にすれ違った里の人は三人だけだったと。
バスで大阪に移動し、京都、USJでそれぞれ1日遊び、博多に行ったようだ。

紫音ちゃん(二つ)、雪の降る高野山経由で1年振りにやってきた。
歩みもしっかりし、天保神社まで歩いたと言う。大人並みに食事をとるというので同じメニューでミニ版を提供した。両親が自然志向なので逞しく育っている。
団欒している時、裏の空き家に住む予定の若者がアコーデオンを弾いて場を盛り上げた。

連休は家族4人連れをおもてなしし、残り一月となった芦屋の生活に戻る。

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2017年2月26日 (日)

梅の花里山祭り

Umematuri3_3春一番、昨年は関西では吹かなかったというが今年は2月20日に来た。
そして数日後に二番が60ミリを超す雨を伴って夜間吹き荒れた。
国道筋の看板が老化していたので補強しなければと機会を伺っていたが先手を打たれてしまい、改修不可能かと思われるほど破壊Umematuri2していた。
26日には梅の里山祭りが開かれるので無残な『旅の宿“紫音”』を見せてはとその前日に半日かけて急遽復旧させた。初春の温かい穏やかな日和、横の球場では梅の里山祭りの準備が行われていた。

そしてその当日、前日に続いて穏やかな日Umematuri1和の中、世界農業遺産の関係者を交えたコンパクトなイベントだった。



昨年の現金の落し物が36億円1日あたり1千万円で、その内落とし主へ返ったのが27億円だったとテレビのニュースで放映していた。
娘があるショッピングモールで小銭入れを紛失した。小銭自体700円程度だったと思うが、小銭入が誕生日プレゼントだったため本人はモールの受付に電話し紛失物を追いかけた。
幸いに小銭入れはモールから近郊の警察に届けられ事無きを得た。届け出た店は拾得の10%の権利70円?を放棄すると言ってたと警察の窓口が。
27億円の内の700円の放浪記である。

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2017年2月19日 (日)

今年も梅に

Umesion梅の花が香り、備長炭の煙がたなびく旅の宿“紫音”

1月下旬からの寒波、積雪にも拘わらず、梅の開花は順調。
清川の‘梅里山祭り’は26日に開催される。
清川球場から旅の宿“紫音”の周辺、ふるさと道場などが賑わうことと思われる。
旅の宿“紫音”にも関係者の宿泊予約が入っている。

先日のNHK、鶴瓶の家族に乾杯は中津が舞台。坂口健太郎がお伴をしていた。
大分にいた時に叔父が中津に住んでいたのでしょっちゅう出かけたので懐かしかった。
鶏の唐揚げ、子供を連れて遊びに行くと叔母が買ってきてくれた。ハモ料理、当時市の要職にあった人が私が退職時にをフルコース御馳走してくれた。商店街、よく歩いたものだが、テレビではシャッターの閉まっている店が多く時代の流れも感じた。改善されたのは道路事情、当時は大分から2時間近くかかったが、今は1時間弱で行くことが出来る。却って商業のストロー現象を起こしてしまっているのかも。
南部郷の奥地清川の国道が最後の仕上げにかかっている。市街地から1時間ほどかかっていた山道がトンネルと橋で改善され、もうすぐ15分で来れるようになる。農業と通勤が天秤に。

『歩ンダンテ30号』発刊
 今回は小説 ‘ノンちゃんの人生双六(すごろく)’ を掲載した。
 
 印刷ミスが目立ち残念だったが。

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2017年2月 4日 (土)

初春の雑感

Rokkousan妻が九州へ出かけていた。日頃スーパーや郵便局へ共連れで行っては「いつも一緒だね。」と冷やかされていたがここ数日は単独行動だった。
娘と六甲山をドライブした。道路脇に雪が残っていたのをみると先日かなりの積雪があったと思われる。六甲山牧場へ行ってみた。ほかほかの春の陽気に羊が長閑に佇んでいた。小さい子供を連れた家族連れも多く動物達に触れさせて楽しんでいた。中国からの観光客が多く、路線バスを使って訪れていた。翌日のテレビニュースで橇(そり)で雪の斜面を滑り降りている場面があった。冬も同居していたのだ。

ある駐車場で自動開閉機で料金を払おうとしたら、2時間半で1,250円の表示。まず千円札を入れたらなんと開閉機がオープンした。そして釣り銭が760円出てきた。???が飛んだ。前の人の投入金が残るなら釣り銭受け皿の中だろうし。領収書を見たら投入額が2,010円となっていた。前の人が清算が終わった後間違ってお金を投入したのだろうか。結果的に340円で駐車したことになり、???であった。

『早いかな それでも顔出す蕗の薹
           探す執念 手にする初物』
今年2件目の食事客、そして宿泊客も。蕗の薹と名の花、早速料理に加わった。接客の頻度が減少し‘おもてなし’の感が薄れ、お客さんに満足してもらうためにはと気を使うことも多くなった。宿泊のお客さんは里の行事の要人であり食事の後‘おもてなし人’が宿に断りもなく連れもて夜間長時間外出してしまった。宿からしてみれば突然お客さんが行方不明である。こんな非常識なことをやってて里の行事が上手くいくのかと心配してしまう。ちょっとした心遣いが、である。

知り合いの県の人に過疎化対策の空き家登録制度について聞いてもらった。
県外からの移住者が空き家を利用した場合、補助金を出す制度が出来たそうだ。「わかやま田舎暮らし」を推進するモデル市町村では、問合わせ窓口として“ワンストップパーソン”、相談先として地域住民による“受入協議会”を設置し、定住を考える人の受け入れを積極的に進めていくとのこと。みなべ町も来年度からこの制度を利用するはずだがと窓口を教えてくれた。

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2017年1月24日 (火)

鶏が羽ばたく

2901yuki20年目に始めて20センチを超す大雪に。炭焼さんの息子が“紫音”さん無事ですかと消息を求めてきた。
梅畑には梅の花ならぬ、雪の花が咲いた。
      FB:旅の宿“紫音”の雪景色
積雪した道路に残る軽四の轍を辿って何とか坂を下りはしたものの、高速道路が不通だったので150キロ下道を走って移動した。

里の友人、炭焼さんなど年始の挨拶の後は年末に亡くなった友人の話に。
癌を患っていたがあんなに元気だったのが急なことで皆驚きが。年の瀬が迫っていたこともあり縁者で密葬をして別れてしまったので悲しみもわかなかった。
新年早々4日から芦屋での生活、西宮の友人のフィーリングサロン紫音が運営の仕方を変えるという情報に妻の行動がどう変化するか読めないが、刺激があれば鶏も羽ばたくだろう。
娘が帰省していることから今月は三分の二の期間“紫音”を留守にしてしまい、留守電などで予約申し込みのお客さんにはご迷惑をおかけしている。大雪の前日、今年初めての食事客をおもてなしした。
2月は梅の花の季節、里の友人が予約をとってくれた。

そんな中、他人事だと思っていた逆走をDYIの駐車場の出口でやってしまった。約10メートル、目の前に大型トラックが、まかり間違えば大事故に、だった。道が四車線で中央分離帯があり、駐車場出口からは左折しかできないのだが、二車線だとの思い込みでうっかり右折してしまった。
不案内の土地では十分すぎるほどの安全確認が必要だと自責の念に。

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