旅の宿“紫音”

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Sionzenkeiみなべ町清川 旅の宿“紫音”
世界農業遺産の指定を受けた、梅の里、備長炭の里、みなべ町清川。
高速道路のICから龍神村に向けて国道424号を約20分走ると、見渡すかぎり山々々、人口700人ほどの小さな里があります。

何にもないんです。でもいろいろな自然があります。
早春にはいたる所に梅の花が咲き、谷あいでは鶯と不如帰が競演します。
初夏には山百合が香り、水も()に蛍が幻想を誘います。
秋には野外音楽場の虫達の合唱に和し、
冬には降り落ちる星座に宇宙と一体になれます。
今では忘れられた日本の風景、日本人の心がこの山里にはあります。

その山里の中心に位置する丘の上に『旅の宿“紫音”』があります。
忙しい日常から離れ、紀伊半島の山の中の一軒宿で大いなる自然の流れに身を任せてみてください。
きっと自分自身とゆっくり対話することができることでしょう。
真の‘癒しの世界’です。

ほそぼそと20年、家族客に愛された小さな宿です。

★旅の宿“紫音”はシーズン営業です。
  8、9月は夏休みです。


 
  宿泊料金は税別で1泊2食付き8,800円
  JR南部駅から公共交通機関はありません。
 
 気ままな経営ですので営業日にご注意ください。

   宿泊のお問合せは 0739(76)2144 まで。FAXも可。
 
ウエブページ(左欄)に『新・旅の宿“紫音”』を掲載
FB 旅の宿“紫音”物語参照

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2018年7月11日 (水)

せっせと励む

Aokikun草刈り、樹木の剪定、別府の猫の額の庭と異なり、1500坪が相手、家の周りだけでもその半分の広さがある。
刈払い機は燃料タンク1回分で約1時間が限界、振動による手の疲れ、重量による腰の痛み、2日分の仕事となった。早朝に実施したが終わると日焼けして額がほてDscn2848っていた。

他にも、裏の貸家の給湯器の設置、客室の網戸の補修、厨房の水漏れ防止でのシーリングなど。

おまけが付いた。局電話がいつも話し中だとのクレームが。調べたら回線が不通。113に電話すると受付まで1時間、それから3日目に修理に来た。1週間不通だった。ケーブルを予備に振り替えて直ったと報告を受けた。風なのか、雨なのか、虫なのか、600メートルの間樹木と共存しているので原因は不明。

“紫音”が再開するのを待ってくれていた食事のお客さんが2件終わった後、常連の輪留田さんがやってきた。
単身で22泊、累計154泊になった。
豪雨の中、阪和道が通行止めで国道を走ったが、そこも渋滞、3時間で来れるところ8時間掛けて来てくれた。
“紫音”でゆっくり入浴し、例によって里の人達と会食・雑談、ふるさと道場で二胡の練習など二泊三日を満喫して頂いた。
町のお助け隊員の青木君のアコーディオン演奏姿(写真)や里のご婦人方の似顔絵など披露してもらった。
清川の奥地、名之内は今落ち梅の収穫最盛期で、いつも会食に参加してくれる人が夜間までの漬けこみで来れなかった。その落ち梅を拾いに来る神戸のご婦人が今回最後の宿泊客になる。相棒は豪雨で帰宅難民となり熱を出してキャンセルとなった。

☆旅の宿“紫音”は8、9月は夏休みです。

☆『新・旅の宿“紫音”物語』 ウエブページ(左欄)に掲載しました。
 
   『旅の宿“紫音”物語』発刊から10年、その後の逸話をプラスして再編集しました。

     
      

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2018年7月 1日 (日)

旅の宿“紫音”再開

20180625asahi24日フェリーで移動。
(写真上は日の出の明石大橋)


三か月振りに清川へ戻った。
我家だ~、旅の宿“紫音”だ。
不思議なもので落ち着きを感じる。
そうだよ20年も住んでいたのだから。

家の外回りは草ぼうぼうかと思ったが意外だった。モミジなど枝の成長が早い樹木が我が物顔に葉を繁らしていた。
家の中は行き場を失った越冬カメムシが廊下を中心に50匹ほど転がっていた。
炭焼きの熊ちゃんと立ち話。スーちゃんや和尚と各々2時間雑談。
翌日は早朝から庭の草刈りに精を出した。
7月の初めまでに食事客9人、宿泊客6人、いずれも常連さんの予約が入っている。
女性の常連さんが大学の同窓生と梅拾いに、「静けさの中の虫の音で気持ち良く眠れました。美味しいご飯と素敵なお部屋。大学からの友と楽しい思い出が増えました。今日は朝から太陽がまぶしい。梅拾い頑張ります。」
体得しているはずも段取りが悪くもたもた。

Dscn2842久し振りに梅の話題が。「南高梅」の青梅の出荷が終わり梅干し用の熟し梅の収穫に入った。清川球場横の落ち梅回収業者は夜遅くまで作業をしている。
今年の収穫量は平年並み、青梅は高値推移と聞いた。3年続いた不作で白干し梅の過剰在庫が解消され、農家の出荷価格は上昇気味。
「露茜」という新品種(写真下)が飲料メーカーに人気があると聞いた。

後継者不足や高齢化など長年抱える構造的な問題で2005年に和歌山県全体で6577戸だった梅販売農家数が2015年には5087戸に減ったと地元新聞に書いてあった。「世界農業遺産」認定の梅栽培、多くの問題を抱えている。
大分で見た九州産の「南高梅」は貧弱なのに高値だった。

☆『新・旅の宿“紫音”物語』 ウエブページ(左欄)に掲載しました。

 

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2018年6月20日 (水)

空白の2年

Totoro2写真は神楽女湖の花菖蒲、彫刻はトトロ。

24日から3ケ月振りに旅の宿“紫音”の営業をする。
梅の実の収穫時期に合わせて常連さんの宿泊予約が入っている。近郊の人達の食事予約や友人達の駄弁り会も控えている。濃い一月間になると思う。
裏の小屋に借家人がいるが、母屋は荒れ放題だろう。家の掃除や庭の手入れに根を入れなければ。

芦屋の生活1年に続いて、別府に借家して1年が経った。
この一年間の旅の宿“紫音”の営業は31日間だった。和歌山~大分を5往復、陸を走る元気はない、全てフェリーを利用した。
この一年は、自立支援センターで働く娘の利便のためのアッシー君に終始、自動車教習所への送り迎え、センター利用者宅への送り迎え、ハローワーク初任者研修所への駅の送り迎えに明け暮れた。何年か前に台風被害でトンネルが崩壊し公共バスが運休した時、半年間娘を高校まで1日2往復80km送り迎えしたしたがそれに較べると大したことではない。

旅の宿“紫音”の営業時以外は名所を訪問したり、趣味の彫刻をしたり、妻のショッピングにつきあったり、まさに隠居生活に明け暮れた。
長い人生の中で空白の2年だったような気がする。
大隈重信が言った、「人生125歳、70代で人生半ばと思え。人は幾つになっても自分を変えられる。」 と。そして二度目の総理大臣に。

    

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2018年6月11日 (月)

希薄な人間関係

Dscn2801_3最近煽り運転が話題になり、わが身に起こったことを思い出してしまった。
10年くらい前か、トンネルを抜けて清川地区に入った狭い国道で後ろに軽トラがぴったりついて煽って来た。道が少し広がったところで無理に追い越して来たので軽く警笛を鳴らしてやり過ごした。暫く走るとT字路のところで待ち伏せしており、車を止めさせドアを開けて鍵を抜き投げ捨てた。やり取りしていると近所の長老の息子だと分かりこちらも名乗ると黙って去っていった。後々のことも有り、メモして駐在所に持っていったら、後日親が謝りに来た。
嫌な思い出として残ったが最近のニュースを視ると同じような人間が多いのに驚く。闘争心が強く自制の効かない人間が車という武器をかざしている。何故に縁も無い人に敵対心を抱くのか。
高速道路では煽り運転を空から監視し、取り締まりにつなげるとニュースで放映していた。ドライブレコーダで自衛することも必要なのか。

娘が介護研修の仕上げで老人ホームでの実習に入り、利用者のとの対応について職員の仕事の仕方とのジレンマを語った。
「おばあちゃんゆっくり食べて良いよ。」 嬉しそうに一所懸命食事をする。職員は時間を気にして急いで食べさせるだけで会話が無いそう。
「昔の話を聞かせて。」 「従軍看護婦で満州に行ってなあ・・・」 目を輝かせて語る。職員の対応は事務的だそう。
などなど。
似顔絵をサービスで描くと大喜び、「ワシの宝物じゃ。」
研修生にしか出来ないゆとりかも知れないが、ちょっとしたことで相互の信頼感が生まれる。
ホームでの暴力問題、業務履行義務と人間関係のギャップか。
働き方改革で仕事時間が問題になっているが、かっては仕事への愛着、上司(会社)との信頼関係から仕事時間は二の次だったような気がする。
専門分化、短期成果主義で人間関係が希薄になっているのだろうか。

         

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2018年5月31日 (木)

梅干しの健康効果

Dscn2810梅雨入り
墜栗花(ついり)、栗の花が落ちると梅雨入りになると言う。



6月下旬からの梅の実収穫時期の季節営業に合わせて、久し振りにプライベートブランドの焼酎を注文した。
紅はるか、安納、紫芋など4種の芋焼酎である。


異郷の地で梅干しの効用を視る機会があった。
20年和歌山に住んでいて、自然と日常の食生活に取り入れ、“紫音会席”にも利用させてもらっている。復習を兼ねて忘れないようにメモをした。
・梅干しに含まれるポリフェノールの一種、梅リグナンがカルシウムを作る。梅干しにはカルシウムの吸収を助けるカリウムが豊富。夜食べると吸収が良く骨粗鬆症予防に効果。

・蜂蜜梅の蜂蜜が梅リグナンの吸収を助ける。抗酸化作用と相まって老化防止の効果。

・梅ヨーグルトは梅干しのクエン酸が腸内の悪玉菌を減らし、ヨーグルトが善玉菌を増やすので相乗効果で便秘予防に。煮梅を利用すると食べやすいかも。

・梅干に熱を加えるとムメフラールができ、血液を固めるのを抑制する。血液さらさら効果。更にバニリンが脂肪燃焼効果を。
青身魚を梅干と共に煮る。裏ごしした梅干を加熱加工した梅びしは万能調味料に、究極は土鍋で蒸し焼きにした焼き梅は医者いらずと言われる。

これだけの効用があっても梅干しの売り上げが伸びないのは何故か?
酸っぱいという先入観、自分で二次加工する手間、加工製品は価格が高い、などが阻害しているのかも。
  『毎食の良い塩梅(あんばい)が 身を健(た)すく 』

☆追記:「安心7月号」に梅干の効用記事が掲載されてました。

   

        

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2018年5月24日 (木)

5月諸々

Dscn2803_2ムーミン親子、体重が増え気味の自分のダイエット願望か、少し細めの彫刻になった。事実は材料の寸法制約から。
近くのスーパーで缶ビール(発泡酒)が74円、カップめんが59円、時々愛用するが他の製品と何がどう違うか分からない。安いに越したことはないと愛用することが悪か。食べてはいけない食品なのか。

別府市在住の英語教師、アルフレッド・グリーン氏が100歳で亡くなったという記事を目にした。
40年ほど前にブラジルから研修生を受け入れることになり、チームで半年間英会話を勉強したことがある。その時の講師がグリーン先生だった。

末孫の運動会に誘われて応援に行った。
予報では週末にまとまった雨が降ることになっていたが、ほとんど降雨が無く当日は幸いにも晴天だった。
中学校のグランドから海が見え、その遥か彼方の対岸に製鉄所が見える。新聞記事によると日本製鉄に名称変更を、鉄は国家なりの追憶なのだろうか。48年前、入社して2年後に経済界を騒がした大型合併劇で新日本製鉄になったのを経験している。その時建設を始めた大分製鉄所に転勤した。
1学年5クラス、少子化で統合が多い世の中でそれなりの生徒がいる。山手に住宅が増えているようだ。グランドを思いっきり走ってみたい衝動に。

小学校の卒業60年記念の会の案内が来ていた。参加はしたいが日本列島を西から東まで縦断、60年という重みとの天秤、悩ましい。


     

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2018年5月13日 (日)

本当の働き方改革とは

Dscn2792_2働き方改革の議論は男性社会の話、共働き夫婦には違う視点も、
  『‘改革’に妻反応し 家事仕分け』

新聞に家事の手抜きが注目されている、という記事が載っていた。
戦後の高度成長期に定着化した主婦像が、今の時代にそぐわなくなってきたと指摘している。
夫婦共働きが当たり前になったのに、家事の基準は専業主婦だった母親のやり方である。女性は就労しながら、手の込んだ家庭料理、家の中の整理・整頓・清潔、子供と夫の献身的な世話など母親を手本にどうこなすかで悩むことになった。

専業主婦から宿の女将、我家では得意分野や力仕事から必然的に仕事が分担されてきたので余り意識することが無かった。
娘夫婦の近くで生活するようになって、娘がアルバイトから正社員へ、対等に働くようになった夫婦の家事分担がクローズアップされ、その議論に巻き込まれることが多くなった。
夫は家事を分担するようになったものの、頭の中はは相変わらず自分の親の世界で固まっているので、負担が20%になったとしても‘やってあげてる感’がぬぐえない。50%は遠い。
農家夫婦に根付いている問題にも通ずるところがある。

サラリーマンの働き方改革、四半世紀以上前に過勤務問題・職能給・定年延長など社会問題として議論があり、当時制度改革もあったと記憶している。
社会情勢の変化と共にいつのまにか消え去り、それがまた再燃するなど、意識改革を伴うだけでなく経済情勢にも左右される難しい問題である。
まして男女均等社会、或いは夫婦共働きまで考慮した働き方改革は?、更に次の世代への宿題なのか。
政策議論が後手後手のような気がする。パワハラ、セクハラ問題が表面化してきたことにも目をそらすことができない。

         

       

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2018年5月 2日 (水)

ゴールデンウィーク中休み

Yomisenryu2よみうり川柳(九州版)の4月秀句10句に選ばれた。 
 『これでもか 首相案件駄目を押し』
      ・・・・モリカケで致命?

1年前から投稿し始め、当初自己流に見かねたのか撰者がわざわざ川柳の基本を指南してくれた。
かって朝日川柳に数回選ばれたことがあるが、数打ちゃ、だったのかな。


Dscn2776_2従兄弟から大きい毛蟹を二匹頂いた。口にしたのは何年振りだろうか。
前にも書いたような気がするが、北海道に住んでいた時に父が同潤社という今のスーパーもどきの施設を仕事の管轄下にもっており、シーズンになると手に入った毛蟹を家に持って帰ったことがあった。
食糧難の時代に大人数の家族で競争食いし、こんなに美味しいものがあるんだと感激したものだ。

毛蟹は身が多く、コクがあり、みそと共に初夏の産卵期の卵は美味である。
他の蟹のように冷凍にしたものは余り売られていないような気がする。最近は浜茹でチルドにするようだが、近海物で北海道の東岸や噴火湾が産卵・生息地なので、かっては普通に生きたまま鮮魚店で売っていたのだろう。

        

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2018年4月22日 (日)

晴天日和

憲法の 三権分立 黒く塗り』 ・・・・一強の歪顕著に
『お前もか 首相案件さえ無けりゃ』    ・・・・モリカケで官僚辞任連鎖
『一抜けて 二も抜け喜ぶ ところてん(心太)』     ・・・・官僚昇格人事
かって、これだけトータル的に政治家や官僚が信頼できない時代があっただろうか。
皆さん揃って、私はそんなこと言っていない、記憶に無い、資料は残っていない、が常套句。新潟県知事が純朴に思える。


Meigaあるショッピングモールの雑貨店で見つけた鍋敷なのかまな板なのか。
無垢材で一枚百円だったので彫刻に使おうと二枚買って来た。
一枚は『モナリザ』を、もう一枚は『白い耳飾りの少女』を模写した。


Dscn2744_2大陸に近い分黄砂の影響があるのだろうか。車に
薄い微粉の膜、雨が降れば縞模様になる。車の汚れが目立つので晴天を利用して車のクリーニング。

運転免許をとってからペーパードライバーだった娘をドライブに連れだした。
『ペパドラが 久住一周 初体験』
久住連山を左回りに一周、130キロの山道の大半を運転してもらった。
久住花公園、チューリップや芝桜、パンジーが満開、ネモフィラ、ポピー、デイジーなどが咲き始めと、広い園内を充分に楽しめた。
県外の車で駐車場は一杯だったが、さすが和歌山ナンバーは他に無かった。
晴天下、新緑の山並みハイウエーはドライブ日和だった。

   

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2018年4月 8日 (日)

曾爺が間近

Moekekkon孫娘が結婚した。
彼女は清川保育所に1年間通園していたことがある。
自分が最年長?の出席者らしく、乾杯の音頭を頼まれた。
我兄弟一族、孫の代のトップバッターである。
稼ぎの少ない世代なのに式にはお金をかける、今風なのかと思ったが、専門式場でもあり演出は素晴らしかった。結果が良ければである。
新郎新婦の同僚が大半、いつになく若々しい雰囲気だった。
とんだハプニングが、式場で足元に黒い物体が散乱、何かと思ったら靴の踵が崩れていた。4~5年前に名古屋での甥の結婚式に出席して以来機会も無く履かずにいたら劣化したらしい。情けなかった。
年内には曾爺(ひいじい)になるかも。叔母さんに当たる末娘も適齢期、複雑である。

Dscn2663年一の『歩ンダンテ』に掲載する予定で2年余の放浪生活を‘メビウスの輪’というタイトルで書いたが、編集者愛用のOASYSに原稿のWORDが取り込めないとの理由で却下されてしまった。
ここ数年知らずに長編を提供していたが、今まで手作業で打ち直していたのかと改めてその御苦労に感謝である。
ブログのウェブページに掲載するか、ディジタル図書に登録するか考慮中である。

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2018年3月24日 (土)

梅の花から桜へ

Dscn259718年振りの家族連れ。
一族で寝れるところにはどこでもと20人を超す大人数で宿泊した当時、幼児だった子が新年度には社会人に。
玄関を入った雰囲気は何となく覚えているなぁと。
とれとれ市場で養殖ながら本クエを買って来てクエ鍋を提供し、我夫婦もご相伴させてもらった。

車の車検、工場での出荷検査手抜きがあってリコールも同時に行うことになった。お蔭で車検基本料金分が安く上がったが。
ナビソフトの更新をやってくれたが、“紫音”から国道を通って田辺に行った時にGPSと同期がずれたのか延々と道の無い山の中を走っていた。
脆弱性に心当たりがあるのか、無償本体交換修理となった。

昔から虫歯で度々歯医者の世話になっているが、貴方の歯は固くてしっかりしていると言われ続けた。
みなべ町での最初の歯医者は虫歯があれば削り取り、その進み具合で麻酔を打って神経を抜き、場合によっては金属をかぶせる。
二件目の歯医者は口内衛生と噛む力の指導を徹底し、虫歯は最小限削るだけなので麻酔を打つことも稀である。その歯医者には歯がひび割れしていると言われた。確かに奥歯だけでなく前歯も欠ける始末。
妻が通い出した別府の歯医者は、金属冠は噛み合わせのバランスを崩すといってみなべで治療した金属冠を虫歯の治療の時にやりなおした。
歯医者によって治療の仕方が異なるのでいざの時にどこを選ぶか迷ってしまう。
芦屋に住んだ時、以前治療した前歯が割れて空いてしまった。ラーメンやスパゲッティが好きだが前歯が悪いと噛みきれない。一年近く不自由したあと清川に帰ったひと月の間に治してもらった。
案の定、医師に四ヶ月後に来なさいと言ったのはその頃再点検する必要があるからだ、歯周病を防ぐため歯茎の掃除が必要だ、噛む力を弱める訓練をしなさい、など説教された。

Dscn2595_2★旅の宿“紫音”は今日から梅の実の収穫時期6月中旬まで休館します。


★数年後の旅の宿“紫音”の閉館、その後施設をどうするか検討中です。
“紫音”の営業コンセプトや再来(リピータ)のお客さんを引き継いで頂ける方がいたら優先してお譲りします。
宿の運営に必要な調度品、調理用品などは全て残しますので、引き継いだ時点で営業可能です。

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2018年3月17日 (土)

梅の花も終わりに

Dscn2591梅の花、終盤に近付くと枝先の方に移るのでまっすぐ天に昇るように見える。
桜が咲き始める頃まで梅の花が見られるということは近年には無かったことだ。


 留守にしていたからではないだろうが今年はカメムシが多い。
面白いもので気温が上がるとどこからかのこのこ這い出して来る。今日は何十匹退治したことやら。

“紫音”ちゃん(3歳)、弟が生れてから始めて家族4人で泊りに来た。
サイクリング家族なので、特注?の小さいバイクを持ってきて、この山道で乗ったのかどうか。
“紫音”ちゃんが「カメムシこわい!」「しおんのお風呂は温泉みたい。」と感想を。大人並みの料理を完食してくれた。

Dscn2593_2Iターン者4名と地元の気の置けない仲間4人で気ままに語り合った。
清川の風土、歴史。古い話を新しく。
気がついたら12時、皆に楽しんでもらえて良かった。
ちなみに飲んでいたのは4人だけ、真面目な懇談の場だったんだよ。


『新・旅の宿“紫音”物語』を書きあげた。10年前に発行した『旅の宿“紫音”物語』にその後の10年を加え再編集した。
家族の葛藤の裏物語を加えると初版の3倍近く、300ページになる。
四半世紀にわたる旅の宿“紫音”の経営、清川の風土記、歴史、人物模様のドキュメントである。
今のところ出版するつもりはない。



   


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2018年3月 7日 (水)

満開の梅花

Dscn2589旅の宿“紫音”の横のパイロット梅林、清川の梅祭りの時は蕾だったが、その一週間後に満開になった。
春一番で開花し、水を得たことで一気に咲きだした。
その後の豪雨で散ることはなかった。
旅の宿“紫音”は周囲が梅畑に囲まれているので今は究極のときである。
昨日車で通ったみなべ、田辺は満開が過ぎていたが未だ見頃ではあった。
ということは例年より半月ほど遅かったことになる。
車の窓を開けたら心地よい香りが漂って来た。

Dscn25845日は朝から梅仙人、Jさん,Yさんと駄弁り仲間が次々訪れ、旅の宿“紫音”の場でしか語れない話で盛り上がった。地元の人、Ⅰターン者、嫁いだ人、それぞれの立場でこの四半世紀に何を感じたか話題が多かった。
その中の一つ、梅仙人のお祖母ちゃんの知恵、梅干しに熱を加えることで体に良い。煮魚、焼き魚の塩梅(あんばい)は意味があると。
究極の焼き梅は‘医者いらず’だと。
マムシの効用も。

★旅の宿“紫音”は3月末から梅の実の収穫時期まで休館します。

★数年後の旅の宿“紫音”の閉館、その後施設をどうするか検討中です。
“紫音”の営業コンセプトや再来(リピータ)のお客さんを引き継いで頂ける方がいたら優先してお譲りします。
宿の運営に必要な調度品、調理用品などは全て残しますので、引き継いだ時点で営業可能です。

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2018年2月25日 (日)

梅の花の開花と共に

Dscn2576今年は寒波のせいか梅の花の開花が遅い。
清川に戻る途中の南部梅林は平年だと梅祭りも終盤だが今満開だった。梅花の香りが漂っていたが、南部郷を奥に入るにつれ梅は蕾に戻っていた。
25日は清川梅祭り、幹事さんは前日からテントを準備したりで大忙しだった。トラックステージを設けてのイベントで、太鼓の演奏とぷらむコーラスや町出身の川島ケイジが歌を披露した。降り出した雨はイベントガ終わってからで幸いした。清川の行事が他人事の如く、距離が開いてきたのは寂しい気がする。

旅の宿“紫音”は2月半振り、今年初めての営業だった。
梅祭りに来た近郊からの3姉妹と神事を担当する権禰宜さんの4名が宿泊した。久し振りの接客の疲労感も残してくれたメモで飛んでしまった。「お料理を見た目で楽しみ、いただくとまたまた美味しくて・・。調理方法まで教えていただき、早速作ってみます。日頃の生活を忘れ、ゆっくりさせてもらいました。」 現実的には収入があると気持ちが明るくなる。

確定申告、パソコンを使って真面目に?入力しているので、決算して印刷するだけ。元ネタも誰かさん達と違って規定の分は保管してある。例年より一週間遅れで郵送した。

車の車検、銀行の窓口、欠けた前歯の修復など滞在中の一月は多忙である。家族連れの予約が2件入っている。
冬場で草が延びていないので草刈りは次回か。

★旅の宿“紫音”は3月末から梅の実の収穫時期まで休館します。

★数年後の旅の宿“紫音”の閉館、その後施設をどうするか検討中です。
“紫音”の営業コンセプトや再来(リピータ)のお客さんを引き継いで頂ける方がいたら優先してお譲りします。
宿の運営に必要な調度品、調理用品などは全て残しますので、引き継いだ時点で営業可能です。



   

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2018年2月14日 (水)

何か変?

Beppuiki2このところ最高気温が数℃、最低気温がマイナス数℃という日が続いている。
の家の中の気温が8℃前後、清川では10℃を切ると今日は寒いと感じたものだ。連日、鶴見おろしの寒風が吹くので暖房燃料を消費するよりはと外出することも多い。
27_12_23muroran先日、国会図書館で66年前の北海道の新聞記事を見つけメールしてきた友人が、今度は当時の異常気象を掲載した記事を送ってきた。

メビウスの輪、今は表か裏か

地元の回転寿司店に寒い中、連日のように開店30分以上前から、店の外に並んでいる。
旅行誌に紹介されているのだろうか家族客の他、アジア系のカップルも混じっている。似たような光景を大阪の天満筋で見たことがある。
いつも満杯の駐車場には地元の車も多いから不思議だ。当地には全国チェーンの回転寿司店は少ない。

ドラッグストアに夕方買い物に出かけた。
道路の反対側の普段閉まっているフリータックスの店に観光バスが止って、道路が渋滞していた。大量の旅行者が歩道に溢れて、その数百人は越していたと思う。
ドラッグストアに入ると、こちらにも買い物客が大勢いてレジに長蛇の列だった。これは駄目だと諦めて他の店に行った。

デパートのバレンタイン特設売り場が賑わっていた。
日本酒入りのボンボンや怪獣シリーズなど多様になっており、ひと口で500円位する物もあった。
その横にテディベアのぬいぐるみがあり、千円程度の手ごろの物から百万円を越す欧州で著名な作者の物まであった。注文から完成まで十年と書いてあった。
先日チョコレートの有名メーカーが義理チョコを反対する広告を出していたがその狙いは?

    

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2018年1月25日 (木)

『旅の宿“紫音”物語』ふたたび?

2018012ougiyama全国的な寒波。
背後の鶴見山だけでなく高崎山もうっすら雪化粧。
昨年の清川で20センチという大雪が1月23日、今年は22日に東京の都心で大雪。一夜の悪夢だったようだが。
(写真は扇山)


28_01_01_2先日、友人が国会図書館で66年前の北海道の新聞記事を見つけメールしてきた。
北の国に住んでいた小1の時に出会った猛吹雪、集団早下校にもかかわらず立ち往生し、路線バスに助けられたことがあった。そのときの運転手さんへのお礼の手紙である。
始めて他人相手に書いた文章、こんなこともあったんだ。

12月15日、ある名の通った出版社から手紙が来た。営業マンが図書館で拙著『旅の宿“紫音”物語』を目にして興味を示し、出版企画に参加しないかと連絡してきた。
10年まえの当日は『旅の宿“紫音”物語』が出版された日、面白い因縁を感じた。寝た子が起されたような気がして、食指が動いた。本が手元に無かったので、原文とその裏話『ノンちゃんの人生双六』(昨年の歩ンダンテ)を送った。後日電話があり、全国営業の出版企画会議に提案してみると言った。
そして一ケ月、審査会議の作品講評と大賞には成らなかったが激割優遇出版の価値ありとのレターが、そして追って出版企画書を送って来た。『旅の宿“紫音”物語』の表と裏をセットにはしたが、今更同じネタで出版しても自己満足以外の何物でもないし、前回自費出版後に出版社倒産というトラウマもあるので今回はお断りすることにした。
(『旅の宿“紫音”物語』はアマゾンに残部がある)

『梅の花 咲き続けてと願うのに 季節過ぎれば 残るはかなさ』

今年の歩ンダンテは『メビウスの輪』、終焉の地を求めて風来生活を送った2年間のエッセイである。『旅の宿“紫音”物語』の最終章にしたい。出稿は2月か。
(歩ンダンテの既投稿文は左欄ウェブページから)

 

 

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2018年1月16日 (火)

この差ってなんですか?

Tyoukokugunn2(写真)年末年始で彫刻がより取り見取り。

★旅の宿“紫音”はシーズン営業です。
 梅の花の時期は2月24日から3月23日の間営業します。

住宅地にドラッグストアが増えて来た。ほとんどはチェーン店で一見薬屋だが食品、衣料品、日用品、更に小型電気品も販売している。
一方、近郊のDIYの店舗にはDIY用品、日用品のほか薬や食料品を置いている店がある。それにスーパーマーケット、コンビニも雨後の竹の子のごとく。
商品の種類・量の差というか店の規模の差というか、店舗の特色が消えうせている。業際は無くなっている。共存共栄なのか自然淘汰なのか。

みなべ町のゴミの収集。
燃えるゴミ、プラスティック、缶金属、雑誌類など細かく分けて車で毎日のように地区ごとの集積場に持っていく。電気品等は年2回の粗大ごみ回収で。
別府のゴミ収集。
プラスティックを含めた燃えるゴミ、缶・瓶・ペットボトル、大型電気品以外は不燃物収集で、いずれも家の前に置けば回収してくれる。

みなべ町で設置促進の浄化槽は四半期毎の点検と年一回の汲取り清掃は独占営業で年間費用10~15万円。それに公的機関の有料水質検査が年1回。
別府では点検、汲取り清掃で年4万円弱、複数業者から選べる。

日常的な事が過疎地対策に欠けているのでは。

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2018年1月 1日 (月)

新年を迎えて

30nenngajyou明けましておめでとうございます。

梅の花の季節、旅の宿“紫音”は2月15日から1月ほど営業します。



Etoinu2昨年は清川が半分、残りが芦屋と別府という風来生活を送りました。

今年の旅の宿“紫音”は昨年に続きシーズン営業に成ります。
2月、5月、8月、10月と三分の一程度を予定していますので、ご利用に際しましては事前にお問い合わせください。

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2017年12月17日 (日)

旬の果物

Dscn2565今が旬の温州(うんしゅう)みかん、有田が産地として有名だが田辺の梅畑も以前はみかん畑だったところが多い。丘陵地で大坊というところがあってみかんを栽培している。10年ほど前、縁が合って出かけ、譲ってくれたみかんが美味しかった。大坊の近くの日向にある永井農園のみかんも美味しいので、買い出しの通り道なので良く利用する。田辺の産直店では売り場に大量のみかんが並べられ、生産者の名前、場合によっては顔を見ながら試食できる。

清川には農家の100円野菜売り場が道のところどころにあり、みかんが置いてあることもあるが、栽培は趣味の範疇だと思っていた。山本農園がこの地で唯一みかんを栽培していることが分かり、譲ってもらうようになってしばらく経つ。小ぶりで美味しいと人気があり、我家は特に小さい5センチ以下の物を好み購入している。“紫音”に宿泊した東京の友人が気にいって毎年直接注文している。ある時テレビで小さいみかんの剥き方なんてものも放映していた。

子供の頃、北の国ではみかんは栽培しておらず、冬になると内地から箱で送ってきた。また、長距離列車に乗る時に駅のホームや車内で売っていたのを買ってもらった。赤いネットに5~6個行儀よく並んでおり、粒も8~10センチと大粒だったと思う。夏場は冷凍されていた。

余談だが大分の杵築に三光坊という開拓みかん山がある。田辺の大坊にしろ‘坊’は区切られた土地を表す言葉か。“紫音”を始める前に後継者のいなくなった三光坊のみかん畑を買い取って、陶芸工房を開いた熊本の青年と知り合い、彼に製作を頼んだ陶器を今も使わせてもらっている。

大坊にしろ三光坊にしろ童謡「みかんの花咲く丘」の歌詞に出て来るような光景(実際は伊東?)だが、愛媛県の佐田岬半島から八幡浜の国道197号は季節に窓を開けて走るとみかんの花の甘い香りが漂ってくる。

童謡「みかんの花咲く丘」
1.みかんの花が 咲いている   思い出の道 丘の道
  はるかに見える 青い海   お船がとおく かすんでる
2.黒い煙を はきながら   お船はどこへ 行くのでしょう
  波に揺られて 島のかげ   汽笛がぼうと 鳴りました
3.何時か来た丘 母さんと   一緒に眺めた あの島よ
  今日もひとりで 見ていると   やさしい母さん 思われる

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2017年12月11日 (月)

師走も半ば

Photo娘が誕生日祝いにパウンドケーキを作ってくれた。りんごとブランデーの2種類。
手っ取り早く、最近は出来も良くなった。

50日振りに清川に戻り、さっそく師走の宿泊のお客さんをお迎えした。
人数制限をしている中、懇意にしている老4姉妹を中心に8人+幼児が宿泊した。食後に加わり、男同士地酒の‘紀伊国屋文左衛門’‘般若湯’を飲みながら日が変わるまで語り合った。
『昨夕、障子に傾いた陽が影を落としていました。なんかひと昔もふた昔も前に経験した、優しい時でした。周りの雑音の無い世界、今ではなかなか出合えません。こんなひと時を過ごすことが出来、たいへん嬉しい日でした。』 
『総勢8+1で参りました。お天気に恵まれ楽しい旅になりました。心のこもった美味しい食事でお腹一杯に、幸せなひとときでした。いつも暖かいおもてなし、感謝しています。』
喜んで帰路につく姿をお送りすると、それが力になる。

前々日、別府からフェリーで大阪南港へ。
頻繁にフェリーを使うので、知人の厚意でマイカープランより若干安く乗船できるのが有難い。それでもある人に言われた「宿の売り上げより交通費の方が高いのでは?」 と。今回は乗用車が10台ほどと少なく、始めて1・2階をつなぐ斜面に止めさせられ、出るときはバックだった。途中のTRIALで買い物。早朝にも拘わらず、場所柄中国人が多数買い物していた。別府はガソリンが143円と高かったので泉南で給油した。136円だった。帰ってみると田辺で128円、みなべで143円、このばらつきは何か? 

Dscn2556電話で聞いてはいたが、10月の2週続いた台風で破壊されたガゼボが無残な姿をさらけ出していた。修復は不可能なので解体することになるだろう。中庭の仕切り塀も倒れていたがこちらは何とか起すことが出来た。
もう一つ、天窓が少し開いていたからか冬眠場所を求めて数十匹のカメムシが家の中に入り込んだ。除去するのに手で掴むわけにいかないので道具を使って何とか排除した。
今年はカメムシが大量発生しているらしい。話題にすると皆さんが反応する。宿泊のお客さんも山の中のカメムシの歓迎を受けた。

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2017年12月 2日 (土)

ところ変われば②

291104_212月の旅の宿“紫音”の営業日は8日から22日までです。
『満月に餅つく兎 師走かな』

野菜が安いからグルメシティに行こう、魚の生きが良いから新鮮市場に、ビールが安いからダイレックスに、薬が安いからコスモスに、食材が安いからトライアルに、DIY用品はナフコにしようかグッデイにしようか、日用品はニトリかな、などなど妻は多彩なショッピングを楽しんでいる。九州の小売店売上ベストテンに入る店が行動範囲に散在している。
早朝から近くのドライブイン海鮮市場から民謡と呼び込みの声が、夜はパチンコ屋のネオンや高層マンションの灯が暗闇を遠ざける。

別府は南北8キロ東西4キロ、勤めていた企業が東西4キロ南北2キロだからその範囲はしれている。東西南北を走る数本の幹線から一筋中に入るとすれ違いに苦慮する、かっては農道だったと思われる住宅街の道、一方通行が目的地を迷路化する市街地の道、車の運転には頭を使い神経をすり減らす土地でもある。

娘に親も気がつかなかった側面があったのは意外だった。清川へ帰った時にアルバイトで学童保育を1ケ月半ほど手伝っていたが、その時は単なる」生活費稼ぎだと思っていた。
別府へ移住し、自動車学校へ通い出し、そこで運転免許取得に来ていた車椅子の重度障害者に遭遇した。休憩時間に彼等と話をして、自立支援センターに出入りするようになった。さらにいきさつはあったがそのセンターの仕事をしたいと下関まで研修に行き、戻るなり利用者宅へ通い始めた。親には近寄りがたかった社会に何故?、理解できなかった。小柄な体で大人を相手するのはかなりの重労働だと思うが、水を得た魚だった。
送迎した下関から帰った時、おまけがついた。暗闇に手探りで玄関の下の鍵を開けたら鍵が抜けない。この日に限って上下2ケ所の鍵を掛けたので鍵が抜けなければもう一つを開けることが出来ない。あたふたして、家主に電話しようかと言いだすと娘が簡単に鍵を抜いた。焦りもあったが大きな勘違い、清川の鍵は縦にして抜くがここは横にして抜く、それだけのことだった。機転が効かなくなったのか。

 


 

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2017年11月19日 (日)

二足の草鞋がすり減る

Dscn2505_3(写真は萩の街並み)

昨年の芦屋に続いて今年は別府と清川を行ったり来たり。
‘二足の草鞋’生活をしていると、ときどき自分を見失う。今どこにいるのか、この生活は表なのか裏なのか。トポロジーでいうメビウスの輪(或いは立体的にクラインの壺)にはまり込んだのかも。

根が都会人なので利便さのある生活に戻ると田舎生活にまどろこしさを感じる。
車で10分圏内、頑張れば歩けるところに食品スーパーが3件、ドラッグストアーが4件、DIYセンター2件、更に共同温泉が4~5件、歯科医・病院はよりどりみどり。
その一方、清川での田舎生活はパワースポットとして精神的に、肉体的に健康を与えてくれている。自然災害は避けられないが、20年間、家族全員が病気らしい病気をしなかったことに感謝である。
自分が農業に本腰を入れれる人間だったら、ここでの生活も違っていたと思う。

先行移住の娘が地元のケーキ屋さんでアルバイト。
仕事の環境には満足していたが、この都会でも733円という最低賃金を守れず、就業時間も経営者の‘気まま’に左右され実入りは僅か、これがアベノミクスの現実かと。
下関に重度訪問介護ヘルパー養成講座を受けに行く娘の送迎ついでに周辺をドライブした。道路事情が改善され、別府~小倉は1時間余で行ける。
足を延ばして萩の武家屋敷を散策、妻は30年振り、自分は始めてだった。門司港レトロ小倉をぶらぶら、そして小倉にいる妻の叔父(94歳)を訪問。『歳をとったら自分の足を使って動ける生活をすることだ。日頃から足腰は丈夫にしなさい。』 と体験からのアドバイスが。

冬支度と年末のお客さんへの対応で清川へ。

 

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2017年10月31日 (火)

ところ変われば

Menkyosenta娘が中学へ入学した時、通学初日に大人の自転車に初乗りして颯爽(?)と600メートルの“紫音”の坂を下った。しかし球場の横あたりまで来た時、握力が無くなってブレーキを離し数メートルほどの崖下に飛んでしまった。幸い目の前の出来事を観音さんが見ておられ羽を着けてくれたので、真新しいブラウスを汚し、擦り傷しただけでこと無きを得た。
たった一度の失敗で自転車を諦めた彼女が10年後に運転免許をとると言い出し、教習所へ通い出した。本人だけ先行して別府に住民票を移し、観光客を横目で見ながら歓楽街を、別府湾を眺めながら高速道路を、別府の夜景を見なが山道を、と教習運転を楽しんでいた。

警察署の古い建物に押し込んだ免許センターと異なり、郊外のスポーツセンターや大型ショッピングセンターが隣接する丘に建つガラス張りのモダンな建物(写真上)。街中の警察署に隣接する狭い場所と違って駐車場を探しまわることもない。受け付けは飛行場のカウンターの如く広々として、来訪者の気持ちを和らげる工夫が伺える。案内する警察OBにも何か心のゆとりが感じられる。同じ機能の官庁施設でもところかわればこうも違うものかと。
免許本試験受付から6時間後、迎えに行った自分に娘がガラス越しに両手で頭の上に丸を作ったのが見えた。

Bepuart_9誰かが新しい企画をすると誰かが潰す。大きい物には巻かれる。伝統はなかなか変えようとしない。そんなこんなでなかなか進まない地域起しが多い。
革新的なものと保守的なものの確執・葛藤、政治の世界と一緒かな。
20年間住んだ村(町)も何も変わらなかった。

別府で交遊を広めている娘から面白い企画があると教えられた。
『ベップ・アート・マンス』が11月1日から1ケ月にわたり開催される。
別府の町じゅう文化祭である。言いかえると、趣味の作品から工芸品、個展から展覧会、パフォーマンスから音楽祭、民家から駅前まで、など誰でも事務局に届けて企画、参加する勝手な文化祭、町を歩けば何かアートに出合えるというわけ。
外部に求める観光力と内部の文化レベルの向上、発想が面白いがこれまでの地道な企画が発展してまとまって来たのだろう。
娘が、「お父さんも、来年、彫刻作品を並べてみたら。」 と提案してきた。

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2017年10月26日 (木)

鎌倉での法事

Typhoon21_3(写真は23日TBSの台風情報から)

21日に鎌倉で法事があった。
秋の“紫音”のお客さんが終わり、今回は大分から出かけることになった。JALパックを利用し1日延長宿泊することにした。飛行機の往復料金並みで、更にいろいろ特典が付いており、SUICAや買い物券など一人頭5千円弱利用させてもらった。料金を下げずにサービスを付加する商法である。
時間まで散策、御成り通りはしっとり感があるが、小町通りに入ると雨にもかかわらず人出は多っかた。別府や湯布院と異なりほとんどが日本人で西洋人以外の外国人が少ないことに鎌倉観光の特色を感じた。道路事情で観光バスの寄りつきが悪いこともあるのだろう。名物のシラス丼の呼び込みが、今日は天候不順で獲れず生シラスではなく釜揚げシラスになると言っていた。
霊園に姉・兄・弟・自分の一族43名中28名が集まり、墓前で雨の中の法事、いつものお坊さん(女性)が対応してくれた。これまでとと様相が異なり世代交代を感じた。幼児が7人(それも双子が2組)がはしゃいでいるのを見るとこれからは子供たちや甥・姪の時代に入るのかと。お坊さんも「これだけの人達にお参りしてもらって御先祖さんも喜んでいらっしゃる。」と。
そして宿舎での大宴会だったが、自分は前日六本木で妻の従兄としっかり飲んだので大人しくしていた。

北上する台風21号に向かっての帰路、南西諸島にありながら945hp強風域800kmで宮崎以南は飛行機が全て欠航していた。大分便は飛んでみなければどこへ向かうか分からないとの情報。少しでも影響が少ないうちにと早々鎌倉を離れ羽田空港へ、一便前に切り替えて搭乗した。
座席が最後尾だったこともあり、離陸直後から上下左右に激しく揺れ、機体が折れるのではと思った。サラリーマン時代に出張で数多く飛行機に乗ったが、台湾で台風に遭遇して以来の経験だった。着陸した時に後の座っていたスチュワーデスが「大変な思いをさせてごめんなさいね。」と声を掛けてくれた。
その後台風はかっての伊勢湾台風の如く、夜半に静岡に上陸し関東、東北と抜けていった。清川は台風の影響が少なかったようだ。

<追記>
Typhoon2229日は清川天保神社の秋祭り。
前日の今日28日は朝から4つの地域で獅子舞による地下廻りが行われる。旅の宿“紫音”は初めて不在となる。
今日明日と台風22号の影響による雨のようだが、滞りなくお祭りが行われることを祈りたい。⇒中止になったらしい
(写真は28日TBSの台風情報から)

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2017年10月15日 (日)

後継者募集中

Aoki_2町役場との1年契約で‘地域おこしお助け隊’が我家の裏に間借りしている。(写真)
大役に奔走中だが、“紫音”休館中の留守役も果たしてくれている。清川の地域おこしに知見を残し、地域の財産になることを期待したいものだ。旅の宿“紫音”の活用方法も・・・。
              『長老とおばさんパワーに惑わされ』

10月の行楽シーズンのお客さんが終わり、旅の宿“紫音”は週明けから秋休みに入る。清川天保神社の秋祭りの時に不在となるのは初めてのこと。
2足の草鞋(わらじ)、昨年の兵庫県芦屋と清川、今年は大分県別府と清川に履き替えた。
   『風来子 今どこなのか 戸惑いも 』
遠くなった分“紫音”の営業も週末限定からシーズン営業に。
今度は年末、そして梅の花の時期、2~3月かな。
電話は留守電から転送に替えたのでまどろこしさを解消できると思う。

軟着陸ではないが、近しい人から閉館が迫っていることを説明しているが、苦言を呈する人はいない。里の人はおおらかなのか、来る時が来たと言う感じなのか、敢えてつけ加える人は 「淋しくなるなぁ。」 と。

数年後の旅の宿“紫音”の閉館、その後施設をどうするか考慮中。
“紫音”の営業コンセプトや再来(リピータ)のお客さんを引き継いで頂ける方がいたら優先してお譲りしたい。宿の運営に必要な調度品、調理用品などは全て残すので引き継いだ時点で営業可能です。

定例になっている友人達との‘勝手な会’、秋の夜長に鱈腹食べて、飲んで語って。

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2017年10月10日 (火)

20年も経てば

Dscn2447_2高さ15メートルを超す椎の木、これ以上成長すると家に近すぎ台風時に倒木による被害が想定されるので立ち枯れさせることにして一年。
今度は枯れ枝落下で屋根瓦を割る危険があるので5メートル程の高さにある太い枝を切ることに。
最後はいつか倒れる前にワンクッションをと隣の檜との間にロープを渡した。ご神木にしめ縄といったところか。

華やかに活躍していたアイドル、古くはザ・ピーナツそしてキャンディーズ、山口百恵などは引退するときの歌を用意して最後の舞台に臨んだ。最近、そういう映像がテレビで多々放映される。懐古である。
旅の宿“紫音”の締めはどんな歌になるのか。
ビオトープの池、地下の貯蔵庫、ログハウスの風呂、ガゼボ、ベランダ、ポンプ小屋、ブランコなど大きい物から小さい物まで随分作った。しかし手製の限界は輸入材を使うので耐久性が無いこと。作ってはリメーク、10年くらいか。
40日留守をしている間にガゼボが崩壊し始めていた。ポンプ小屋の壁が崩れていた。台風の時に余程強い風が吹いたのだろう。機能を維持できる程度に直したが、ブランコは限界だった。

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2017年10月 4日 (水)

作って残るもの

Dscn2437別府の別邸をかって仕事のパートナーだった人がご夫婦で訪ねてくれた。30年振りの再会だったが時のギャップはなかった。両家とも幼い子連れの家族で別府十文字原に弁当を持ってワラビ狩りに行ったりした。もちろん飲み仲間の一人でもあった。お互いに変わらないなあ、若いなあと言いつつ消息と懐古を語り合った1時間だった。

別府から清川へ戻ると、国道424号の改造工事のしんがりとなった薬師梅の前の橋が完成していた。(写真上)
我々が清川へ来た頃は川沿いの山道だった国道が20年で清川まで完全2車線になった。海岸沿いを走る国道42号の交差点から清川まで1時間余かかっていたのが20分弱、高速道路のみなべインターから15分ほどで来れるようになった。大阪からも2時間を切るようになった。ただし速度を出しすぎると覆面パトカーが追いかけて来るので要注意である。

Dscn2409数年ぶりに何か彫刻してみようかという気持ちになった。
素材は1年ほど前に手に入れておいたが気分が乗らず放っておいた。作品をお客さんに貰っていただいたものは別として、彫刻で置物を作っても掘ってしまえばお仕舞のような気がして空しかった。50センチほどの弥勒菩薩を亡くなった奥さんと共に飾ってくれている人、馬目樫で掘ったフクロウを記念に持って帰ってくれた人、肖像を彫ったら喜んでくれた人など有り難い。彫り上げて数年後に焼却した物も多々ある。
今回は日常使っていればいつも目にとまるのではと器と組合わせ、相撲の取組み、技(投げ)、力(押し)と心(器)を表現してみた。
大きな里の古木をくれた人がいるので次に何を彫ろうかと思案中である。

旅の宿“紫音”はシーズン営業、秋は10月、春は2~3月の限定営業の予定である。
10月は既に宿泊2件、食事4件の予約が入っており、気は抜けない。

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2017年9月18日 (月)

Iターンと過疎地

Taihoo18台風18号、970hpの強さで九州の東岸をかすめた。(写真は借用)
たまたま別府滞在中に遭遇し、大雨と強風を経験した。県南ではかなりの浸水被害がでている。和歌山では台風の通過は夜半が多く、日中に味わうのは珍しい。
翌日敬老の日は爽やかな秋晴れになった。

友人が九州の竹田・久住から情報発信している。
もともとITのプロだが、そこに通販の仕組みを持ち込んだ。竹田の米農家と組んで米のネット販売、インドのハーブ製品の輸入販売など、ヤフーや楽天の注目品目である。特に後者は安倍首相が直近にインドを訪問し、日印貿易に拍車がかかるので期待がもてる。
場所を選ばない通販、ジャパネットたかたは代表例であり、ネット上の通販業者をみても地方が多い。しかし友人の例は一点発信であり、面として地域への寄与(広がり)がどれだけあるかは疑問である。旅の宿“紫音”も点からせいぜい線止まりで面にはなりきらなかった。過疎地の活性化にはパーソナルな‘独走’ではなく、それを起爆にしたコミュニティの‘団結’が必要である。
清川は南高梅の産地、備長炭の生産地、他にも各種海産物、農産物がある。IT産業と手を組むことで、日の目を当てることで知名度だけではなく買ってもらえる産物にしたいものである。

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2017年9月 3日 (日)

9月は休館中

Dscn2364 8月の暑い時期、常連さんにはいつものごとく窓を全開して自然環境の中で宿泊していただいた。
夏のお客さんが一段落し、気ままな宿の主人は例年にも増して暑い残暑から逃げるかのごとく、9月は“紫音”を休館することに。

神戸からフェリーに乗って大分へ向かった。(写真上)
別邸がある別府へ来たが何のことはないもっと暑い。連続する熱帯夜は昨年の芦屋生活以上のものである。二階の窓から別府港の花火はもちろん、遠く大分川の花火も見えたが、光と音に時間差があり不調和であることは言うまでもない。

Dscn2366 暑さから逃れるために近郊の滝に出かけた。(写真下は東椎屋の滝)
数日後竹田の原尻の滝にも、そして自然の冷蔵庫である地下洞窟(稲積鍾乳洞)へも。
9月1日、小笠原諸島付近に大型台風が停滞していたが、大きく状況が変わったわけではないのに月が替わると日中のクーラーもいらないくらいになった・不思議なものである。

テレビで松茸の話題が出ていたが、清川はお彼岸が近くなり彼岸花が咲くと“早松”が採れるようになる。

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2017年8月20日 (日)

夏休みの締めは

Meijyuan久し振りに龍神村へ行った。
‘梅樹庵’で早ランチ。隣の‘もんぺとくわ’で焼いたパンをベースにした焼き豚サンド(クロックムシュー)、夏野菜サンド(クロックメイグル)などがメニュー。素材の処理に手をかけているだけあった美味しい。(写真上)
‘もんぺとくわ’は火事から復旧し、立派な農家民宿に変身していた。店を手伝う娘さんとアルバイト、おかみさんは相変わらず元気いっぱい。奥の手作りのパン窯から作業中の御主人の声も聞こえた。(写真Monnoetikuwa下)
お二方ともIターンの事業家である。


「お盆の里帰り、家族を連れて初“紫音”、まるで実家で寛いでいるような安心感でした。育児と仕事で体が弱り切っていましたが、“紫音”で癒され、またエネルギーを頂きました。美味しい朝食、ありがとうございました。2才の娘ものびのび遊んで、平和なひと時でした。」 夕食はお里で家族と共にしたが、人数が多く泊れないので“紫音”を利用してくれた。


清川出身の事業家、前芝宗一郎氏の業績をたたえて公民館の前に胸像ができた。その完成を祝う会に馴染みの演歌歌手がコンサートを開催した。
その前日いつものようにマネージャーの妹と共に“紫音”に宿泊した。今回は母親を連れて。「前芝さんの生誕100周年行事で清川に久々に来ています。ずっと変わらずおしゃれできれいな建物、こんなおうちだったらなぁと“紫音”さんのセンスに毎度のことながら感心です。今から食事を頂き明日は楽しんでいただけるステージになる様頑張ります。」
プロモートしていた方が病気で急遽入院、気にかけていた。
夏休みのお客さんは一段落。

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 旅の宿“紫音”は9月は休館です。             
 10月に秋の行楽に合わせて営業再開の予定。     
 お急ぎの方は、                       
   0977(66)8858へ
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