フィンドホーンのコミュニティ
満月間近のある夜、本棚にあった『フィンドホーンの花』(アイリーン・キャディ著)と目があってしまった。
神に導かれてフィンドホーンに宗教的にフリーなコミュニティ(協同社会)を作った女性の自叙伝である。妻から友人のNさんが置いて行ったものだと聞いて一気に読んだ。
その中の書かれていたことに、無料と有料の違いはあるが、我々が宿を運営する中で遭遇した人々に教えられたことと共通する表現があった。
『私のガイダンスは、私たちの所に引きつけられてくる大勢の人々の扱いについて、多くのことを私に教えてくれた。・・・・・私たちの所にやってくる人々が、私たちの霊的な生活に本当に興味を持っているのか、それとも単に、ただで泊まれる場所を探しているのか、をどうすれば見分けられるのか、私はとても心配だった。来る人は追い返してはいけない、空しい気持で去る人が一人としていないように、惜しみ無く愛を与えなさいと、私は言われ続けていた。誰であろうと、どんなに奇妙に見える人であろうと、私たちの所に引きつけられて来る人達全部に、私達の心と家を開かねばならなかった。・・・・・ガイダンスは何回も、私達の所へは正しい魂が引き寄せられてくること、それは、この場所が地場センターであり、光の波動を放射しているからだと言われていた。「ここにやってくる人々について、外見はどんなにふさわしくないように見えても、まったく心配する必要はありません。外見でその人の魂を判断してはいけません。類は友を呼びます。一人ひとりの中にある光を見つけなさい。そうすれば、共通の力を発見できます。ここに求めてやって来る人々はみな、来た時とは違う状態で去ってゆくでしょう。みな、ここの強力なエネルギーを必ず吸収するからです。もし波動が合えば、彼らの魂は成長し、何回もここに戻って来ます。波動が合わない時は、彼らは居ずらくなって立ち去り、二度と戻って来ないでしょう。大切なのは彼らの内にあるものです。」・・・・・』 (原文のまま)
そんな折、一次産業中心の社会を探求するため日本一周を始めた大学生が宿泊してくれた。
また、大分時代の仲間が南紀家族旅行の途中で、「これから行くけん」 と山道の数時間のロスを承知で訪ねてくれた。
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